注意 このあらすじはには結末まで書かれているものもあります。                           
    未読の方は充分にご注意ください。                                                                          

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赤井三尋 翳りゆく夏
東西新聞に内定が決まった女子大生・朝倉比呂子の過去が、「誘拐犯の娘を記者にする大東西の公正と良識」という匿名記事でライバル紙の週刊誌にスクープされた。
比呂子の父親・九十九昭夫は20年前、横須賀市の総合病院から新生児を誘拐し身代金を手に入れたが、逃走中にパトカーに追われ交通事故死していた。この時誘拐された新生児は、未だ行方不明のままだという。入社辞退を申し出る比呂子。
入社前に個人情報が漏れたとあっては東西新聞の責任は重い。朝倉比呂子は抜群の成績で入社試験に合格しており、ことの経緯を人事厚生局長の武藤誠一から聞いた社長の杉野俊一は、比呂子に翻意するよう説得するとともに、社主の仲條貴子から、20年前の誘拐事件の再調査を命じられる。
白羽の矢が立ったのは、不祥事を起こし閑職に追いやられていた元辣腕記者の梶だった。梶は事件当時横須賀支局に勤務しており、今は人事厚生局長になっている上司の武藤とともに事件を取材していたのだ。
事件に関わった当時の刑事・井上から備忘録を借り、身代金を要求された病院長・大槻や被害者の手塚夫婦を探し出して取材していくうちに、梶は、接待のために借金が嵩んでいた薬品会社の営業だった九十九に誘拐を持ちかけたのが、証券会社に勤める友人の堀江だったことを突き止める。九十九は利用されていたのだ。
事件の真相は明らかになったかに見えたが、唯一の目撃者だった当事は幼稚園児だった田尻照代の話が気になって独自に調べをすすめていくうちに、新生児を誘拐したのは人事厚生局長・武藤の妻だったことが明らかになる。
武藤の妻は、自分の不注意から息子を事故死させてしまったため、代わりに同じくらいの月齢の新生児を誘拐していたのだ。妻は武藤に問い詰められ、事件の1カ月後に自殺。武藤は、真実を知りながら誘拐された新生児を自分の息子・俊治として育ててきたのだ。比呂子は東西新聞に入社し、海外支局に配属になる。

浅倉卓弥 四日間の奇蹟
留学先のウイーンで、左手の薬指を拳銃で撃ち抜かれピアニストとしての将来を奪われた如月敬輔は、同じ事件で両親を失った知能に障害を持つ少女・千歳を引き取るが、彼女にピアニストとしての才能があることを知ると、千歳の療養もかねて施設などを回って演奏会を開いていた。
そんなある日、国立脳研究所病院から招待を受ける。礼拝堂でのコンサートは大成功だったが、視察者を迎えに行く病院のヘリコプターが離陸直後に雷に打たれて墜落する事故に巻き込まれる。とっさに千歳をかばって覆いかぶさった療養所の職員・岩村真理子は、心臓に破片が突き刺さり意識不明の重態となる。
真理子は、中学時代に敬輔に淡い恋心を寄せていたこともあり、ピアノを弾けなくなっていた敬輔を励ます意味もあってコンサートを依頼していたのだ。
そして、真理子の意識は軽症ですんだ千歳の体に乗り移ることになる。真理子は夢の中で、入れ替わりは4日目の真夜中まで続くと告げられたという。
敬輔は二人が入れ替わってしまった事実を、真理子を慕う看護婦の未来と、植物状態の妻の世話をする外科医の倉持だけに打ち明ける。
4日目の真夜中になり、最後のお願いだからと真理子に頼まれてキスをした瞬間、敬輔は突然千歳の体に乗り移ったようになり真理子の切なる祈りにこたえて「月光」を弾いていた。
それを聞き終えた瞬間、治療室の真理子は息を引き取る。気が付くと敬輔は床に倒れており、千歳はピアノの上に伏せていた。不思議なことに、千歳に戻った千歳の知能は、みるみる正常に近づきつつあった。
銃撃事件以来はじめてウイーンの恩師に会いに行く決心をする敬輔。
*千歳の両親が施設の設立にかかわっていたかもしれないという事実も明かされる。

浅倉卓弥 雪の夜話
高2の冬、タバコが吸いたくなって真夜中に家を抜け出した和樹は、雪の舞う夜の公園で不思議な少女と出会い、なぜと思いながらも、話をする。この夜の出来事は、和樹の心にずっと残っていた。
やがて和樹は東京の美大に進学し、そのままバイト先の先輩・水原の紹介で、東京の印刷会社でデザインの仕事に就いた。しかし、会社内のトラブルに巻き込まれた和樹は、退職し故郷へ帰ってくる。
そして傷ついた心で、また彼女と雪の夜の公園で出会う。雪子はあのときのままの15歳の少女だった。和樹にとって、公園、雪子は安息の場所だった。生き方に不器用な和樹。もっと人との付き合いがうまければ、まわりを見る余裕があれば。
地元で水原の友人がやっているデザイン会社から仕事をもらい、社員になるようすすめられた和樹は、やがて社員になろうと決心する。
公園がなくなる日が近づき、雪子にたのまれて大きなかまくらをつくって「パーティー」をした日、雪子は天に帰って行く。時を同じくして和樹の妹に赤ちゃんが誕生する。偶然その子の名前を雪子と名づける妹。
 *「命」。それは決して消えることはなく、光となって次から次へと受け継がれていく。その光のつながりの一部として、私たちの 「生」がある。「生き続ける」ということは失われていくものを見続けることなのか。(本文より)

浅倉卓弥 君の名残を
剣道部の練習を終えた高校生の友恵は、同じく剣道部の幼馴染・武蔵と雨の中を帰宅する途中に激しい落雷に遭い、二人揃ってその場から忽然と姿を消してしまう。同じころ、友恵の親友である由紀の弟・四郎も、姉を迎えに自転車を走らせている途中で落雷に遭い、その日から行方不明になってしまう。
友恵が目覚めたのは静かな山里だった。何もかもが現代と違う様子に、タイムスリップをしてしまったことを知り愕然とする友恵。その後、若い武者(駒王)に助けられ、駒王の仲間とともに暮らすことになるが、やがて中世の暮らしにも慣れ、剣の腕前を認められて駒王たちに剣の手ほどきをするようになる。やがて友恵は巴として駒王(木曽義仲)に嫁ぐことになる。
友恵とともにタイムスリップした武蔵も、数奇な運命を経て源義経と出会い、弁慶として歴史の表舞台に出てくる。しかし武蔵(弁慶)が、友恵(巴)と再会したのは皮肉にも、静(後の静御前=子供のころ弁慶に助けられる)に頼まれた義経が、義仲を征伐しようというときだった。無残にも義仲は義経に殺され、巴はそれ以後、義経を仇と狙うことになる。
同じ頃、タイムスリップしていた由紀の弟・四郎は、北条義時として姉の政子とともに頼朝を手助けする。
やがて平泉に向かった巴は、義経の影武者になりすまして逃げようとする夫・義仲の仇である義経を殺害する。鎌倉にもどり、大姫が密かに建てた息子・義高の墓に、由紀からもらったお守り袋を入れる友恵。
800年後、友恵たちがいなくなった場所からそのお守り袋を見つけた由紀は、友恵が生きていたことを知る。
*現代からこの3人を呼出したのは、妹と知らずに駆け落ちし妊娠させたことで母娘を殺してしまう盛遠という武士で、友恵には覚明として、武蔵には天狗として、四郎には文覚として3人に関わる。
通説の『袈裟と盛遠』=遠藤盛遠は見かけた美女が源渡の妻袈裟御前だと知る。盛遠と袈裟はいとこ同士だったこともあり、叔母(袈裟の母=衣川)の家に行き、一度でいいから二人であわせてくれと迫る。衣川は仕方なく会わせるが、盛遠は袈裟を手篭めにし、一緒になってくれと哀願する。袈裟は、そこまで言うならまず夫の渡を殺してれ、今夜夫の渡を風呂にいれ、髪の毛を洗って酒を飲ませて寝させるからと打ち合わせた。盛遠は手はずどおり暗闇で寝ていた濡れた髪を当てに首を切り布に包んで逃げ出すが、首の軽さや頭髪の違いなどを不審に思って月影に照らして見るとその首は愛する人袈裟御前の首だった。出家する盛遠。

浅田次郎 地下鉄に乗って
戦後に成り上がった大財閥・小沼産業の経営者の次男・小沼真次は、父との諍いで自殺した兄に代わり後継者として期待されていたが、専制君主の父親に反発して家を出、今は下着問屋のセールスマンをしている。地下鉄の1日券を利用し、都内の水商売の女性たちに怪しげな下着を売って歩くのが仕事だ。
家には妻と子供、そして真次とともに父のもとを去った母がいる。会社の専属下着デザイナー・みち子との関係も相変わらず続いている。
気まぐれに参加した同窓会の帰り、地下鉄を待っていると恩師の野平先生(のっぺい)に出会う。野平に出会ったことで、今日が高校生だった兄が地下鉄に轢かれて死んだ命日であることを思い出す。
兄のことを考えながら永田町の駅から地上に出てみると、そこは東京オリンピックを間近に控えた自分が育った新中野だった。兄の自殺を思いとどませられるのではと奔走した真次だが、現在の世界に戻ってみると何も変わっていなかった。
弟の圭三から父の病気が悪化していることを聞いても、一緒に父の会社を手伝ってほしいと頼まれても、真次ははねつけていた。自分の嫌っていた父親にいつしか似てきていた自分に気づき始める真次。
その後も真次はタイムスリップを繰り返す。時代は焼跡・闇市の時代、さらには敗戦直前の満州へと遡る。みち子とともに、二人が過去で出会う人々。闇商人の「アムール」という人物。娼婦の元締めのお時という女性。彼らは真次やみち子と大きな関わりを持っていた。
「アムール」とは真次の父のことで、戦争中はロシア軍に追われる野平たちを自分が囮になって助けていた。そしてみち子は、真次の父がお時に生ませた娘だったのだ。
妻を捨てても自分と一緒になりたいという真次に、みち子は、二人で訪れたオリンピックの年のお時の店で、母親のお腹の中にいる自分を殺すべく、いきなりお時に抱きついて石の階段を転げ落ちる。真次の父と真次の目の前で。この日、真次の父は同時に二人のわが子(真次の兄とみち子)を失った。
みち子という存在は、現実の世の中からはなくなってしまい、真次も忘れ始めている。兄だけが父の子でなかったことも明かされる。 

浅暮三文 石の中の蜘蛛
立花は中学の頃、母親を自殺に追い込んだ父親を金属バットで衝動的に殴り殺したことから少年院に送られたが、そこで習得した木工技術をもとに楽器の修理を職業としてひっそりと生きている。
都内の完全防音を売りにしたマンションに引越しをしようと不動産屋と物件を見に行った立花は、そこの専用庭で前の住人が置いていった不思議な石「鳴く石」を拾った。見かけより軽く中でかさかさと音がした。そのマンションから外に出た立花は、突然走ってきた白いセダンにはねられてしまう。軽傷で済んだものの、聴覚に異常が発生した。音に対して異常に敏感になり、頭の中に洪水のように全ての音が雪崩れ込んでくるのだ。
引越しも終わりマンションで眠りについた立花は、音の集積からシルエット化された女の夢をみた。不思議なくらいリアルな夢だった。彼は直感的に白いセダンは自分を狙ったもので、この女と関係があるのではないかと気づく。立花は新しく得た聴覚を利用して、その女のことを調べるため部屋を調べ始めた。どこを歩いていたか。誰か訪ねてきたか。どんな音楽が流れていたか。彼には、音が持つわずかな差異を聞き分け、その音を出している対象の距離やその状態はもちろん、目には見えない人間の心理や過去の痕跡といったものまで、まるで手に取るように感じ取ることができた。
「鳴く石」の採れる豊橋を訪れた立花は、謎の女の姉一恵と偶然出会い関係を持つ。一恵の話から、妹の恵美は豊橋でいろいろな噂がたったために、東京に出て行ったままだという話を聞く。
彼女の行方を追っている最中、三人の男が殺され立花に嫌疑がかかる。殺されたのは、恵美が派遣スタッフとして勤務していた銀行の同僚の田川、田川に頼まれて恵美の後をおう興信所の男、恵美の地元での遊び友達(白いセダンの男)の三人。そして殺害したのは、恵美だった。
恵美は、地元の遊び友達と田川と共謀して勤務していた銀行の金を横領したが、そのまま田川を裏切って逃亡していたのだ。殺された興信所の男のマンションから収録した過去の音に紛れ込んでいた電車の発着シャイムの音から、立花は恵美の隠れ家を突き止め踏み込もうとするが、逆にナイフで刺される。なおも逃げる女を追い屋上に追い詰めるが、女は誤ってビルから落下する。一恵から「もう一度会って」という電話がはいるが、立花は石の中に閉じこもることに決めた。

麻見和史 ヴェサリウスの棺
少女時代、キリコという友人の不慮の死から人間の体の美しさにひかれ、その精密さ、複雑さに感動した深澤千紗都は、プラスティネーション研究の第一人者である東都大学医学部・園部芳雄教授の解剖学教室で助手としての日々を送っている。
そんなある日、実習で解剖した遺体の腹から小さなカプセルが摘出され、その中から「園部よ私は戻ってきた。Kを咎めよ。Tを罰せよ。最後にお前は沈黙するだろう。」と書かれた紙片が出てきた。その数日後、今度は標本室のホルマリン漬けされたマウスの傍らから「物語は始まった。生者が死者となり、死者が生者となる黒い絨毯の上で死者は踊り、生者は片腕を失うだろう。」とパソコンで打たれた文字の紙片が見つかる。
事務員として園部教室に加わっていた梶井とともに、カプセルが埋め込まれていた遺体が、20年近く前に久世という医師によって開腹手術が行なわれていたことを突き止めるが、久世は19年前に自殺していた。
やがて事件の協力をしてくれた院生・矢野の協力で、久世が蓑原という名で東都大学で助手をしていたこと、その久世を、北教授(園部の恩師)が献体登録のない遺体を腐敗処理してしまったことの責任をとらせて辞めさせていたことを知る。久世の代わりに助教授に抜擢されたのが園部だった。今度は、その北(K)が、吐いた物をのどに詰まらせ、左腕を切断された死体となって発見された。
千紗都は矢野から、同僚の小田島講師が、実は久世の同僚だったことを知るが、問い詰めているときに、技官の近石(T)が謀殺される。北と近石は25年前東都大学生だった田中祥子の切断された左腕と手紙が届けられた事件に関係していた。やがて、犯人は小田島ではなく、院生として園部教室に加わっていた竹下亜希だということがわかる。竹下は久世の娘の一人だった。
復讐に燃え、癌で余命の短いことを知った久世は、付き合っていた女性たちに子供を産ませ原田という女性をメッセンジャーに仕立てて復讐を企てていたのだ。竹下は、犯行を繰り返していくが、小田島は、竹下からの復讐への誘いを拒否し続けていた。千紗都たちの前で、園部の責任を追及する竹下。園部は隠し持っていた劇薬を飲んで自殺し竹下は逮捕される。
やがて梶井の協力で、千紗都の親友で総合研究資料館医学部門の展示会を企画する美幸こそが、謎の女・原田だったことを知る。久世を愛していた原田は、久世が残した研究の成果「永久死体」を展示会に出品した後、自殺するつもりだった。しかし、美幸の他にも久世が、他の大学に送られる遺体にカプセルを入れた死体を用意していたことを知らされ愕然とする。
*ヴェサリウスは近代解剖学の父と称される。
*プラスティネーション研究=人体組織中の水や脂分をシリコン樹脂やエポキシ樹脂に置き換えて保存できるようにする研究

伊岡瞬 いつか、虹の向こうへ
尾木遼平(46歳)は元刑事。かつて相談に乗ってくれと連れて行かれた女のアパートで、待ち伏せしていた男に襲われ、刺し殺してしまう。女はうるさく付きまとう男を尾木に殺させる目的があったのだろう。裁判では尾木に不利な証言を繰り返した。
3年半の服役の間に妻とは離婚し、現在は警備会社でガードマンをしている。ある日、3人組の若者にからまれ泥酔状態でつぶれてしまった尾木は、見ず知らずの女性・高瀬早希(21歳)に家まで送り届けてもらう。宿がないと言う早希を自分の家に泊める尾木。尾木の家にはすでに3人の居候がいた。大学を休学中の能天気のジュンペイ(本名は潤。尾木の先天性の心臓病で死んだ息子の名前が純平であったためそう呼んでいた)、ホモで男の暴力から逃げてきた翻訳家の石渡、夫と子供を交通事故で失い犯人の北川(スーパーの御曹司・有力なコネがあり軽い刑ですむ)を恨むあまりスーパーとみると万引きしてしまう恭子だ。
そして4日目に、早希を追いかける久保という男が突然あらわれ、彼女が美人局であることを伝えると、引き渡せとせまり家中をひっくり返して出ていく。その久保が、同じ日に、早希の家の近くで何者かに陸橋から突き落とされて死ぬと、早希は容疑者として警察に拘束され、尾木も参考人として取調べを受ける。
尾木は独自に彼女の無実を信じ助け出そうとするが、久保が暴力団組長・檜山の甥だったことから、組長から「真犯人をさがせ」と脅される。檜山は、かつて組の弁護士を尾木が逮捕した事件をいまだに根に思っていたのだ。
弁護士の花房の手助けもあり、早希と最後にいた檜山の女・二宮里奈という友人の存在を知るが、その彼女がミン中であることは、石渡が、クスリの売買がされているブルーノートのマスターから体を代償にして聞き出していた。尾木を手伝っていたジュンペイは3人組に暴行を受けて入院させられてしまう。檜山組と拮抗する尾木に恩義がある菊池組の組長から、里奈の居所を聞き出し密かに里奈を訪ねる尾木。幹部の新藤が里奈に手を付けたこと、新藤が久保に手伝わせて組で御法度のクスリに手を出していたこと(流していたのは北川)を檜山に伝えると、檜山は新藤を殺させる。檜山に、久保を殺した真犯人に危害を加ないと約束させる尾木。
彼は、恭子が早希を助けるために久保を突き落としていたことを知っていた。刑を終えて帰るまで待つことを伝える尾木。新藤に情報を流していたのは尾木につらく当たる室戸刑事ではなく、かつての尾木の同僚・近川だった。
*作中に出てくる、石渡が訳した絵本『虹売り』のエピソード。土にうめた悲しみの種が虹になるという話。その悲しみが深ければ深いほど美しい虹が出るという。『いつか、虹の向こうへ』というタイトルのもとになった。

五十嵐貴久 リカ
印刷会社に勤める42歳の本間は、友人からすすめられた「出会い系サイト」でリカと名乗る女性と知り合い、妻には悪いと思いながらも、メールを通して心を通わせていく。
しかし、本間が携帯の番号を教えたとたん、本間を追い詰めるするような電話が立て続けにはいる。少しでも電話に出ないと、普段のリカからは信じられないようなメッセージが残されている。おどし・泣き落とし、聞くに耐えないメッセージばかり。あわてて電話をすると、そんなことなど無かったかのように今度は甘えてくる。そんなリカの偏執さに恐れを抱くようになった本間は、携帯電話の番号を変え、リカとの関係を無理矢理に終わらせようとするが、いつのまにかリカに会社や家族のことが知られてしまう。
長い黒髪を振り乱し、常軌を逸した手段で本間をストーキングをするリカ。警察を辞めて興信所の社長をしている大学時代の友人・原田にリカのことを調べてもらうと、リカが2年前に勤務していた病院で起きたバラバラ殺人事件にリカがからんでいたことがわかる。原田にマンションを見張ってくれるように頼むが、その原田も数日後、バラバラ死体で発見されることになる。
リカが最愛の娘にまで手を出すにいたり、怒りに燃えた本間はついにリカと対決しようと、豊島園の駐車場に誘い出しゴルフクラブで殴りつける。動かなくなったリカを警察に連れて行こうと車に乗せたとたん、逆に本間は、リカに注射を打たれ気を失ってしまう。
本間が目覚めたのは12畳ほどの何もない部屋。体中を針金で縛り付けられた本間に、メスを持って迫ってくるリカだったが、危機一髪、原田の先輩の刑事・菅原に助け出される。このとき菅原の撃った2発の銃弾でリカは重体となり救急車で搬送される。ようやく家に帰ることができた本間だが、そこには実家に帰るという、全てを知った妻からの置手紙があった。愕然とする本間。
そこへ菅原刑事から、リカが救急隊員を殺して逃亡したという知らせがはいる。そのときマンションのノブをまわす音が・・・・。
(*以下文庫本のみのエピローグ)本間はリカに連れ去られバラバラにされる。しかし脳だけは依然、生活反応がある。意識が戻ったときのことを考えて菅原は、茫然自失になる。 池井戸潤 果つる底なき

池永陽 コンビニララバイ
コンビニ「ミユキマート」のオーナー幹郎は、カンケリをしていた息子が轢き逃げされたことで失意の妻を力づけるつもりで「ミユキマート」を始めたが、妻も車にはねられ死んでしまう。従業員の治子(妻の友人)に惚れている八坂は治子とつきあうために指を落として組を抜ける=「カンを蹴る」。
しかし、付き合いはじめたものの、治子に振られたと思った八坂は組にもどるために鉄砲弾になる。止めさせようとする治子と、彼女の子供の頃の貧しい記憶、鮎寿司=「向こう側」。
シナリオライター志望の青年と離婚したばかりの従業員照代が、自分と別れるために愛人がいると思い込ませるシナリオを書いたことを突き止める=「パントマイム」。
演出家の小西に体を許しながらいい役を得られなかった香は、子供時代(母親に強制された栄養型パンの記憶)に逆戻りして声がでなくなる。小西に言われコンビニの駐車場でパフォーマンスをはじめる=「パンの記憶」。
ホステスの克子は借金を返しにくるが取りたてのやくざに待ち伏せされる。一時は克子を売った栄三が助けに入るが刺される。克子に求婚する客の石橋に心を動かされたが、生きていたらふたりで津軽へ帰ろうと栄三と約束する=「あわせ鏡」。
万引きの常習犯・加奈子を説得するが、偽善に感じ満におやじ刈りを頼む。満は幹郎を襲うが逆にホームレスたちに囲まれてしまう。逃げる満。遺された加奈子に襲い掛かろうとするホームレスをふみとどまらせる幹郎。救急車ではなく加奈子の肩をかりて妻の死んだ交差点に花を。月命日=「おやじ刈りの夜」。
志賀は、心臓の弱い和子が「ミユキマート」の横のベンチで発作を起して死んでしまうと、幹郎に結婚式の立会人をたのみ志賀はキスをしたまま窒息死してしまう。死をかけた老人の恋(「ベンチに降りた奇跡」)。7話連作。

池永陽 少年時代
昭和40年代の岐阜県郡上八幡。清流で知られるこの町では、中学1年までに日本橋という名の橋から吉田川に飛び込まなければ一人前の男といえないのだ。今年こそはと焦っている良平。始業式の日、良平の中学校に美貌の女教師・美樹が転任してくる。前の中学校で不倫していたという噂があり、「私は問題を抱えた生徒が大好き」と公言してはばからない美樹は、良平とその仲間、正太、達夫、博信たちと馬が合う。
しかし、民宿がうまくいかず達夫一家は夜逃げし、開業医の父の浮気が元で博信も母親と街を離れていく。
祭りの夜にチンピラに襲われたところを助けてくれた他校の中学3年生・岩鉄に惹かれていく美樹。その岩鉄と頭突き勝負をした正太も、店の客と母親の関係を疑う父親を置いて母親と逃げ出す。正太がいなくなった日、美樹も岩鉄と駆け落ちして町を離れていってしまう。良平を慕っていた町会議員の娘・小夜子の心は達夫へと移り、幼馴染の文通相手の雪野からはもう手紙は書かないと告げられる。
追い討ちをかけるように、姉の志保子が美術教師の大倉とお腹の中の子どもを道連れに心中してしまう。志保子が良平に残していった、大倉が描いたという自分の裸婦像。
誰も見届けてくれる人はいなくなったが良平はただ一人、日本橋から吉田川へ飛び込む。もう恐怖はなかった。

伊坂幸太郎 チルドレン
閉店間際の銀行に滑り込んだ陣内と鴨居は銀行強盗事件に巻き込まれる。アニメのお面を被せられて人質となった彼らは盲目の永瀬と出会う。三人は解放されるが、永瀬は、銀行ぐるみの犯行だと推理する。人質や行員たちがアニメのお面をかぶらされたのは、犯人が一緒に解放されても気づかないからだった(=『パンク』)。
「家庭調査官は拳銃を持った牧師だ」が口癖の陣内と後輩の調査官武藤。ある日新聞に、半年前に武藤が担当した万引き少年が誘拐事件にあったという記事が出ていた。少年が万引きをしたとき、父親と名乗って引き取りにきたのはサラ金に追われる男だった。おかげで少年は、万引きのことを両親に気づかれずにすんだが。半年後、その男を街で見かけた少年は、男を救うために自分から誘拐事件を仕組んだのだった(=『チルドレン』)。
陣内の告白に立ち会わされた永瀬と恋人の優子、そして盲導犬のペス。いとも簡単に振られた陣内につきあって2時間も駅前のベンチに座っていた3人に陣内は、失恋した自分のために公園の時間が止まっているという。夫婦に見えない二人、二時間たっても文庫本がすすまない女性。ヘッドホンをかけた男。鞄を大切そうに持っている男。しかし、彼らが2時間もじっとしているのは、鞄を大切にもつ脅迫されたオヤジ風の男を張っていた刑事たちだった。破廉恥なオヤジを懲らしめるために女子高校生が仕組んだ脅迫だった(=『レトリーバー』)。
武藤は人事異動で家事事件へと担当替えになっていた。彼は娘の親権を譲ろうとしない大和夫婦の調停を担当することになる。陣内は暴力事件を起こした明のことが気になり、明の働く居酒屋へ通う。明は気の弱い父親が嫌いだった。自分のコンサートに、なぜか大和修次・武藤・明を誘う陣内。明の母が大和と浮気をしていることを知っていた明。しかし明は、陣内たちの演奏のほうに惹かれてしまう。そしてボーカルが父親だということに気づく。「そもそも大人が恰好よければ子供はぐれねえんだよ」という陣内の言葉(=『チルドレンII』)。
デパートの屋上で陣内がアルバイトをしていると聞いてやってきた永瀬と優子。陣内はギター演奏でなく熊のぬいぐるみを着ていた。雇い主にサボっているのがみつかり永瀬に熊の面を預けていなくなるが、慌てて戻ってきて熊の面をかぶる。女子高校生とちゃらちゃら歩いている自分の父親を殴るために(=『イン』)。

市川森一   黄色い涙
1963年晩秋。漫画家の村岡栄介は、ガンの母・きぬを東京の病院に入院させるため、アルバイトで雇った、求人広告を見ていた小説家の卵・向井竜三、無銭飲食をしようとした画家・下川圭、栄介のアパートの隣人で北海道へ帰る歌い手志望・井上章一の3人に医者に扮してもらい、きぬを迎えに行く。栄介は、東京に着いたきぬが涙を流して喜んでくれたことで報われた気持ちだった。その3人が、栄介のアパートに転がり込み、ひと冬を暮らすことになる。夢ばかり語る4人の生活は苦しかったが、栄介のバイト料や、圭の作品を騙して質屋に入れて金銭を工面した。そうしてできた8万円を喫茶店・SHIPのマスターの林田に管理してもらい、金の心配をせず個々の創作活動に専念するつもりだった。しかし、圭は公園で絵を描いていた時にであった女性・美香子に恋をするが実らず、反対に自分が美香子だと名乗る精神を病んだ女性に心をかき乱され、筆を折る。章一は、近所の食堂さかえ屋の娘・時江に好かれるが、一夜をともにしたものの心は大きくすれ違う。竜三は大晦日に田舎に帰るというSHIPのウェイトレス・千恵子に思いを伝えようとするがあっけなくフラレ、創作意欲を無くしてしまう。やがて、栄介の母・きぬの危篤の電報が届く。栄介が田舎へ帰った後、3人はアパートを出て行くことに決める。東京に戻った栄介は、きれいに片付けられた部屋に残された一通の手紙を見つける。自分の漫画を描き続ける栄介。東京オリンピックも終わり、4人はSHIPで再会する。竜三は自動ドアのセールスマン、圭は結婚して会員制高級クラブのマネージャー、章一は一流の建設会社員となっていた。せっかくの再会だったが、せわしなく去っていく3人。栄介は、かつて3人がアパートを出て行ったときに残されていた手紙の一文を思い出す。「人生は人を欺かないと。人生は一度も人を欺かなかったと…。」

市川拓司 いま、会いにゆきます

妻の澪に先立たれながらも6歳の息子・佑司と2人でなんとか幸せに暮らしている秋穂巧。佑司にはお母さんはアーカイブ星に住んでいると言い聞かせている。そんな巧たちの前に、彼らを残して1年前に逝ったはずの澪が雨の森の中から現れる。「あなたのことが心配なの。雨の季節になったら二人がどんな風に暮らしをしているか確かめに来るから」そう言って彼女は死んでいったのだったが、それが現実となったのだ。
しかし彼女は一切の記憶を失っていた。巧と佑司はそんな澪をやさしく迎え入れ、3人のちょっと不思議な共同生活が再び始まる。自分が死んでしまったことを知らない幽霊となった妻と、それに気がつかないふりをしながら優しく接する二人。記憶のない妻に、自分たちの恋の歴史を語って聞かせる巧。高校の最後の日から始まり、再会し、やがて巧が心臓の疾患から澪の前から去ろうとするが二度目の再会をして結ばれるまで。そして今、ふたりは 「二度目」の恋に落ちることになる。「二度目」の母との触れあいに抑えようのない喜びを感じる佑司。しかし澪は巧が書きかけていた小説を読んでしまい、自分の運命を知ってしまう。巧の発作を懸命に介抱する澪。佑司に家事のことを教える澪。やがて六週間後、雨の季節が終わりを告げるのとともに、澪は再び巧たちの前から去っていく。何日か後ノンブル先生を見舞いに言った巧は、澪が死ぬ3週間前に「1年後に巧に渡してほしい」と頼まれたという自分宛の手紙を受け取る。
澪のいた六週間は、彼女が21歳のとき交通事故にあって記憶を失っていた時間だった。事故の後、記憶がもどると、澪は自分が29歳で死ぬことを知りつつも巧に会うために湖のある町に出かけていき、そして結ばれる。結婚する前から澪は、二人の未来も佑司が生まれることも知っていたのだ。
*イングランドの王子佑司君の無邪気な口癖「そうなの?」と「〜?」と鳴くノンブル先生の犬。

初野晴 水の時計
伝説的な暴走族「ルート・ゼロ」の幹部で、仲間内での争いを抱えている少年・高村昴は、仲間と暴行事件を起こした翌日、現場に立ち戻ったところを芥圭一郎と名乗る謎の男に呼び止められ、警察に通報しない代わりに後をついてこいと言われる。
連れて行かれたのは閉鎖された病院で、そこで昴は、蘇生器「水の時計」に入れられ、脳死と判定されながらも月の夜だけ意識を増幅した装置によって意志表示ができる少女・葉月と出会う。葉月は、自分の臓器を必要とする人たちに与えて欲しいと昴に頼む。違法であるがゆえに救急車が使えず、パトカーに追跡されても決して警察に捕まらない昴の持つ独自のナビシステムとバイクの運転能力が必要なのだと言う。報酬は1000万。昴は、芥から渡された臓器移植を必要する患者のリストをもとに、臓器を「もらうじゆうと、もらわないじゆう」を確かめ、角膜・膵臓・心臓など、10以上の器官を次々と与えていく。
角膜は、母親が目薬に混ぜた劇薬で徐々に視力を失いつつある少女に、膵臓は、暴力団と関係のある臓器ブローカーにだまされてマニラでの腎臓移植の契約をしたOLに、最後の心臓は、昴の恩師で、カンボジアでのボランティア活動に残りの人生を捧げようとする元高校教師に。しかしこの元高校教師は、妻が自分の前から姿を消した理由が膵臓がんによって死ぬ自分の姿を夫に見せたくないためだと知ったとき、心臓の移植を拒否する。臓器を輸送するごとに、白髪が増え衰弱していく昴。
成績が優秀だったが目指していた私立高校の入試で両親がいないことから落とされたことで暴走族になっていった昴に同情しつつも、刑事として追い詰めていく堀池。その堀池といるところに「ルート・ゼロ」で対立していた高階があらわれ昴は刺され深手を負うが、なぜ自分に臓器移植を依頼されたのか本当の理由を聞き出そうと引きずる足で少女の眠る病院に向う。
芥の話と葉月の残していたメッセージから、葉月が、昴の「ルート・ゼロ」の仲間・室井広志のバイクに跳ね飛ばされて事故に遭ったことを知る。このとき室井は高階に負われていて事故を起こした。
そして葉月の枕もとの箱には、昴が自殺未遂を起こした兄を見舞うために花を万引きしていた花屋に、お金の代わりにと昴が密かに置いていた万年筆や外国の硬貨などが大切そうにしまわれていた。それを花屋に頼んで、そのつど葉月がもらいうけていたのだった。葉月も昴と同じように両親がいなかったために高校に入れなかった(父親は製薬会社の会長だが妾の娘なので戸籍に入れていない)こともあり、事故に遭う前から、同じ境遇の昴に同情していたことが芥から告げられる。
1000万を掴み取り病院を飛び出す昴。バイクは雪のためスリップ事故に遭うが、死を覚悟した瞬間、ナビシステムで昴のバイクを探す室井の妹加奈の呼ぶ声が聞こえた。       *モチーフは、オスカー・ワイルドの『幸福の王子』。

歌野晶午 葉桜の季節に君を想うということ
ガードマンやパソコン教室の講師、映画のエキストラなどの仕事をしている成瀬将虎はジムで体を鍛え、女たちとの情事を楽しみ「何でもやってやろう屋」を自認している。ある日、同じジムに通う青山高校の後輩キヨシのつきあいでジムを休んでいた久高愛子の家を訪れた成瀬は、家族の隆一郎老人が轢き逃げされ、死ぬ前に「蓬莱倶楽部」という年寄りなどを狙って高額インチキ商品を売りつける団体から5千万円もの被害に会っていたこと。しかも知らない会社の社員にさせられて保険金をかけさせられていたことを知らされる。
成瀬は「蓬莱倶楽部」を内偵することを愛子に約束し事件の謎に迫っていく。並行して、成瀬の目の前で地下鉄に飛び込み自殺を図ったが成瀬に救出される麻宮さくらの話、「蓬莱倶楽部」の被害者だがやがて借金返済のために悪事に加担していく老婆古屋節子の話、成瀬が高校を卒業してすぐに入門した探偵事務所からヤクザ組織に潜入させられて出会うヤクの運び屋がスプラッタになる話、そして成瀬が教えているパソコン教室の生徒だった安藤老人の生き別れになり後に成瀬が探し出す娘千絵(17歳)をめぐる話が複雑に交錯しあって進行する。成瀬は安藤の死後、死体を安藤の故郷に隠すと年金を代わりにもらい千絵に仕送りしていたことが明かされる。
小説は、読者の予想を裏切って成瀬の年が70歳だったことを知らされて急転する。キヨシも老人。麻宮さくらは古谷節子だった。麻宮=古谷は成瀬を安藤と勘違いして保険をかけていた。真実を知っても、成瀬は麻宮と暮らすことを望んでいる。

打海文三 されど修羅ゆく君は  
登校拒否を繰り返す少女・姫子(13才)は、かつて家族が暮らしたことのある山梨の山村に死に場所を求めて出かけるが、そこで阪本という青年と出会い好意を感じる。しかし、阪本の改修中の家でビニールに覆われた死体を見つけると、あわてて山を下りてしまう。姫子が見つけた死体は、数日後に渋谷の路上で全裸で発見されることになる、南志保のものだった。
殺された志保が2年前まで阪本の恋人であったことを知る、かつて阪本が働いていたアーバンリサーチ(探偵事務所)の所長・鈴木ウネは、刑事の野崎と協力して謎の電話を残して失踪した阪本の跡を追うことになるが、なぜか公安から圧力がかってしまう。
たまたま志保が殺された現場に堕ちていた植物の種を育てていた姫子は、その種の秘密を鈴木ウネや野崎の協力で探るうちに、異端の農学者・谷口にたどりつき、その娘である高木伊織が事件と何らかの関係があることをつきとめる。伊織は、検察庁次官高木宗則の養女子になり、現在は警視正になっていた。
その高木伊織は阪本が広島県警時代の署長だったが、志保の妹を見殺しにしてしまった事件をとおして、伊織、志保、阪本は三角関係になっていた。志保を殺していたのは伊織だった。伊織に自首をすすめる阪本。もみ消しにはしる高木次官と、伊織の婚約者・江国(公安部課長)。伊織の別荘で銃撃の末、伊織は撃たれ刑に服し、江国は射殺され、高木次官は事故死を装って自殺する。

打海文三 時には懺悔を  
探偵の佐竹は、アーバンリサーチ本社から新人研修というかたちで、亭主を刺した前科のある中野聡子を引き受けることになる。訓練のため佐竹の探偵仲間・米本の事務所に盗聴器を仕掛けに行った聡子が見たのは米本の刺殺体だった。
かつての上司・寺西や、鈴木ウネ子の協力のもと調査を始めた佐竹は、米本の遺したビデオから、障害を持った子どもと暮らす明野夫妻が事件に関係があることにたどりつく。ビデオには障害児が映ったニュース番組が録られており、ビデオを持ち込んだのは、かつて子どもを誘拐された志賀民恵だった。ビデオに映っていた子が自分の子であることを疑わない民恵。やがて、子供ができなかった明野夫婦が病院から子供を誘拐したものの障害児と知って身代金を要求し失敗し、自分の子として育てていたことを知る。米本は、子どもを民恵に引き渡すよう明野夫妻を説得していたことから犯人は明野と思われたが、真犯人は意外にも米本の息子だった。親子の断絶が引き起こした殺人事件だったのだ。没交渉の息子のことを思わずにいられない佐竹。
警察に誘拐事件を自首する明野夫妻。障害児・拓の引取りを、事件にのめりこんでいた聡子、佐竹の友人で障害児を育てていた由紀が申し出るが、結局実母の民恵が引き取ることになった。

打海文三 愛と悔恨のカーニバル   
19歳になった姫子は渋谷で、小学校を卒業して以来音信が途絶えていた同級生の田村翼と偶然出会う。やがて二人は恋人のような楽しい日々を過ごすが、出会いから5カ月後、二人の仲は途切れてしまう。
同じ頃、アーバン・リサーチの鈴木ウネ子、佐竹、中野聡子、立花兄弟は、翼の元恋人である掛札ミレイが失踪した事件を追っていた。掛札ミレイが失踪したのは昨年の11月。部屋に遺書らしきものはなく、事件に巻き込まれた可能性があるため、札幌の両親が警察に問い合わせ、アーバン・リサーチに仕事が回ってきたのだ。翼の行方を追う佐竹たち。
そんなとき、翼は街で明らかに酩酊している女の子を救う。女の子のための買い物を終えウィークリー・マンションに戻った翼は、突然3人の男に襲われる。何とか難を逃れ、逃げ遅れた1人を縛り上げるが、寝室のベッドには白い首にうっ血した跡が首輪状に残った女の子が横たわっていた。
死んだ女の子と女の子の彼を殺害した人々を次々と殺戮し続ける翼。やがて、掛札ミレイを殺害したのは翼の姉・むぎぶえで、翼はむぎぶえの正気をとりもどすために連続猟奇殺人事件を引き起こしていたことが明かされる。すべての復讐が終わり姫子と結ばれた後、むぎぶえと翼は死を選ぶことになる。

打海文三 ぼくが愛したゴウスト
甘ったれで、一人では何も出来ない11歳の田之上翔太。小学五年生の夏休み、はじめて一人で都心のコンサートへ行った帰り、中野駅のホームで人身事故を目撃する。しかしその日を境に、いつもの日常に違和感を感じ始める。父や母、姉も今まで通りのはずなのに、何か違うのだ。最初に気がついたのは匂いだった。みんなからイオウのような腐った卵の匂いがする。そして決定的な違い。それはこちらの世界の人間には必ず尻尾があるということだった。こうして翔太は自分が違う世界に迷い込んだことを知る。
偶然、中野での事故の時に自分をかばってくれた売れない俳優の山門健(山ケン)も、異世界へ迷い込んだ仲間だということがわかり、二人は一緒に元の世界へ戻る通路を探そうとする。
笑ったほうがいい場面だから笑う。悲しんだ方がいい場面だから悲しむ。怒らなきゃいけない場面だから怒る。みんながうわべだけの演技をして、その演技の上でコミュニケートが成り立っている世界。そんな世界の中では、別の世界から来た感情を持つ人間は、危険な存在だった。二人は、警察、自衛隊に追われ、最後に、自衛隊に捕まり、隔離された生活を送る。施設の阿倍という研究者に、電車事故は飛び込み自殺ではないかと指摘され、施設を逃げ出した山ケンは自殺する。後を追って施設を逃げ出した翔太は、隔離施設で山ケンと翔太とにことごとく敵対していた自衛官一枝あぐりになぜか救われ匿われる。
そして何とか生き伸びて8年になる。今は、戸籍を盗み他人として暮している。父と母は離婚し、姉は国立大学を卒業し男と同棲している。山ケンを支えていた恋人のユキは勤務する病院をかわり、二人に良くしてくれた女性自衛官・豊田陸尉は音楽隊に転属になった。翔太は、一枝あぐりとの生活の中で、生きている事実もなにもかもが幻で実体などないもののような印象を受けている。

海月ルイ 子盗り
京都の旧家に嫁いだ榊原美津子は10年以上たっても子供に恵まれない。分家の親戚筋から養子を迎えるよう迫られる姑のクニ代を見て、つい妊娠していると言ってしまう。
美津子は、夫の陽介とともに産婦人科病院「瀬尾レディークリニック」から新生児をさらおうとするが、看護師の辻村潤子に見つかってしまう。その潤子は、大阪の織物問屋の跡取り息子である剛志との間に由梨という娘がいたが、剛志の母の綾に追出されるようにして離婚させられていたのだ。製薬会社の社員峰岸に頼まれて、由梨の情報と交換に、ホステス関口ひとみの中絶をする潤子。しかし、ひとみは既に中絶出来ない時期に入っていた。
ひとみの子供をとりあげた潤子は、子供は死産だったと嘘をつき、美津子・陽介夫妻に渡していた。子供は拓也と名づけられた。それから2カ月後、夫妻の前に突然ひとみが現われる。潤子が二人に子供を渡すのを盗み見てから、ずっと様子をうかがっていたのだ。口止め料として1億円を要求する峰岸とひとみ。度重なる無言電話に精神が蝕まれていく美津子。その後、峰岸が雑居ビルの階段から落ちて死に、ひとみも自宅で毒殺される。
潤子が脅迫の張本人と疑った陽介は潤子のアパートを訪ねるが、そこに現われたのは、包丁を手にしたクニ代だった。陽介に阻まれると、そのままベランダから飛び降りて転落死してしまう。峰岸とひとみ、二人を殺したのはクニ代だった。彼女は美津子の妊娠が嘘だと最初から気が付いていたのだ。
同じ頃、精神を病んだ美津子も近くの崖から飛び降りて自殺を図り下半身付随になったが、今は三人で幸せに暮らしている。クニ代はすべての秘密を抱えたまま死んでいったのだ。

梅原克文 カムナビ
東亜文化大学で比較文化史学を教えている講師の葦原志津夫は、十年前に突然の失踪をとげた考古学者の父親(葦原正一)の手がかりをつかんだという新治大学の竜野孝一助教授からの知らせを受けて、竜野が発掘中の石山古墳を訪れるが、竜野は金歯の合金をも溶かしてしまうほどの高熱で焼かれた無残な死体となっていた。志津夫はその夜、竜野の研究室に忍び込み、石山古墳で出土したと思われる鮮やかなブルーガラス製の遮光器土偶の写真を見つける。その中には、正一の最近撮られたと思われる写真もあった。
約三千年前の縄文時代につくられたとされるその土偶は、当時の技術では絶対に生み出せないはずの高熱を使ってつくられていた。そこに雑誌記者を名乗る謎の美女・安土真希があらわれる。考古学にくわしい彼女は、志津夫に協力するとみせて土偶を持ち去ってしまう。
手がかりを求めて父の故郷下伊那の日見加村に帰った志津夫は、そこで日見加村だけに受け継がれている秘祭を目撃。真希もまた、密かにその秘儀を盗み見ていた。志津夫は自分の素性を確かめ、また強大な力を手に入れようと、祭で使われたブルーガラスの土偶に手を触れる。稲妻のような光が発生し、志津夫はウロコ状の皮膚がますます広がっていくのを感じる。真希は、自分のウロコを志津夫に見せ、自分が日見加村の犠牲になったこと、より強い力を得たいことを語る。
志津夫と真希は真相に辿りつくために熱田神宮から草薙の剣を奪おうとする。それを阻止しようとする、古神道の秘術を受け継ぐ、白川一族のボーイッシュな美少女・祐美とその父・幸介。彼ら一族は、先祖からカムナビが再びこの世に現れないように抑止する使命を帯びていた。そして、志津夫の父・正一。10年ぶりの再会を果たした志津夫だったが、カムナビから手を引けという正一の言葉に従う気はなかった。
志津夫と真希は草薙の剣を手に入れる段で、無意識のうちに「カムナビ」を呼び、熱田神宮を炎上させてしまう。草薙の剣を手に入れた志津夫たちは奈良の三輪山へいき、古代にアラハバキ神(地球を守るフィルター)に感染した大蛇男の封印を解いてしまう。襲ってくる蛇と人間が合体した怪物。志津夫は草薙の剣で応戦。正一は自ら囮となり、大蛇男と相打ち。焼死してしまう。大蛇男が死ぬことによって、やがて、志津夫のウロコは消え始める。しばらくして、志津夫は白川の養子に。生まれた村を焼き払うことに望みをたたれた真希は、三輪山の洞窟の中で行方不明になったまま。
*「古事記」、「続日本史」に頻繁に出てくる蛇神信仰、三種の神器、邪馬台国の謎。あきらかに人の手が加えられたとしか思えないきれいな円錐形を成した山――カムナビ山など。天文学的な「オルバースのパラドックス」の新解釈など。

逢坂剛  百舌の叫ぶ夜
テロリスト・新谷和彦に命を狙われていた過激派左翼の幹部・筧俊三のボストンバッグが新宿の街中で爆発。それに巻き込まれて、警視庁公安部の刑事・倉木の妻が命を落とす。最愛の妻を亡くした倉木は捜査からはずされるが、単独、爆弾事件の真相を追いはじめる。倉木に反発を感じながらも協力して捜査を続ける警視庁捜査一課の大杉。彼は事件現場に公安部の明星美希巡査部長がいたことが気にかかっていた。
新谷は、極右団体・大日本極誠会の資金源、豊明興行に属すパブ・リビエラの店長で、時として殺しも請け負っていた。しかし今回は、知りすぎた新谷の口を封じるため豊明興業は、赤井という人間を送り込んで能登の断崖から新谷を突き落としていた。それからしばらくして、記憶喪失になった新谷が戻ってくる。再び新谷を殺そうと近づいた赤井と新谷の妹と名乗る女を返り討ちにすると、自らの過去を知ろうと東京へ向かう。
豊明興行の手先に襲われて病院に収容される、事件の核心に近づきつつあった倉木。捜査が進んでいることをおそれる豊明興業の幹部・野本と、野本と内通していた警視長の若松。やがて、倉木の妻はかつての上司・室井公安部長の指示で、南米の軍事政権・サルドニアの大統領エチェバリア殺害に協力していて爆破事件に巻き込まれていたことがわかる。室井の娘婿は、エチェバリアに殺されていたのだ。
明星明希は、特別監察官・津城俊輔警視正の密命をおびて、公安内部と豊明興業の癒着を調べていた。室井公安部長が公安での主導権奪取計画をたくらんでいたことも明らかになる。百舌の餌のように無惨に刺し殺されて死んでいた野本の仲間。次々と明らかになる真相に、自己保身に走る若松は狂気に陥っていく。事件は稜徳会病院の院長室で決着がつき、百舌は命を落とす。

逢坂剛 幻の翼
豊明興業に絡む事件を隠匿しょうとする警察首脳に反発を感じた倉木らは、事件の真相を雑誌に発表しようとする。津城俊輔警視正も、警察機構全体の公安化をはかる森原法務大臣に対する攻撃を再開する。その動きを察知した事件の黒幕は、倉木を拉致し精神病院に強制入院させてしまう。
その頃、北朝鮮から送り込まれたスパイが日本海沖で銃撃戦の末逮捕されるが、彼は絶命の間際に「シンガイ」という言葉を残していた。そして能登で不審な人物が確認される。大杉らの倉木救出は失敗し、倉木は病院でロボトミー手術を受けさせられようとする。

逢坂剛 砕かれた鍵
続発する警察官の不祥事事件。それらの事件を調査する警察庁警務局特別監察官となった倉木尚武は、コカイン工場で殺害された刑事・権藤警部補が最後に残した「ペガサス」という言葉が気にかかる。「ペガサス」とは何者なのか。
そんなとき、倉木と明星美希の息子が入院する病院で爆弾テロが起こり、標的の倉本法務次官と間違えられて美希の母親と先天性心疾患の息子が殺されてしまう。復讐に燃える美希は単身、調査を開始する。そして警察を辞め私立探偵となっていた大杉良太もまた、倉木の依頼を受けて警察内部の暴露本を出版する準備を始める。
「ペガサス」、爆弾テロ、警察の腐敗。絡み合う事件の奥底に潜んでいたものは。頭部に銃弾を受け半分リハビリ中の津城警視も動き出す。

逢坂剛 よみがえる百舌
倉木を死に追いやった元公安刑事・球磨隆市が何者かに殺された。後頭部を千枚通しで一突き。ポケットからは百舌の白い羽。倉木美希は、明らかに伝説の暗殺者・百舌の手口だと思うが、津城警視は偶然で片付けたいようだ。さらに稜徳会事件に関わった水島東七が、同様な出口で殺害される。美希に頼まれて水島が働いていたカジノバーへ出向いた探偵の大杉は、違法賭博の取材をしていた東都ヘラルドの座間と出会う。
球磨が殺された日、美希は電車内のいざこざから青山警察署の紋屋警部補と知り合う。美希に急接近する紋屋。紋屋との食事の後で案内されたカジノバーで大杉と鉢合わせしてしまう美希。

逢坂剛 ノスリの巣
大東総業の組員・坪井が廃車置場で射殺される事件がおきる。同じころ、私立探偵の大杉良太は小野川刑事の妻から夫と警視庁公安部の刑事・州走かりほの関係を調べてほしいと依頼されるが、尾行の最中に殺させてしまう。小野川が坪井を嵌めて拳銃を盗んだことへの復讐だった。坪井が小野川のことをノスリの旦那とよんでいたと証言する、小野川に言い寄られていたホステスの奈美江。死んだ小野川のポケットから、州走かりほのヌード写真が見つかる。覚醒剤からみで桜欄会の幹部と個人輸入業者が殺された事件とあわせて事件の背景を調査する大杉。協力する東京ヘラルドの座間。それを妨害する桜欄会の芳賀。
特別捜査官の倉木美希も大杉とは別のルートから州走かりほに対する調査を監察官として開始していた。尾行をまいてかりほが入ったマンションを探っていくうちに朱鷺村琢磨というキャリアの警視正にたどり着く。朱鷺村と警察省設立を画策する民政党幹事長三重。締め上げた桜欄会の芳賀から、桜欄会と癒着したもうひとりのノスリが工藤新八郎巡査部長であることを聞き出す。坪井の手下で小野川を殺害するために廃車置場におびき出した田浦も工藤の指示で殺されていた。
ノスリの巣である朱鷺村のマンションに踏み込む倉木と大杉。強奪品はキャリアの出世の道具として使いまわされ見返りにキャリアに警察省設立に荷担させようというものだった。真相はすべて座間のテープに録音された。朱鷺村はかりほに仕組まれて殺され、流れ弾に当り工藤はビルから落ち、最後にかりほも死ぬ。

大倉崇裕 七度狐
かつて湯治場として栄えた杵槌村で、六代目・春華亭古秋(五代目の弟)が七代目を指名する一門会が開かれることになり、「季刊落語」の編集者、間宮緑は取材に向かった。杵槌村は45年前、五代目古秋が行方不明になった因縁の地でもあった。しかし七代目の候補者である六代目の三人の息子たち、古市、古春、古吉は、一門会を待たずに次々と殺害されていく。しかもそれは、「七度狐」を下敷きにした見立て殺人だった。
落語の「七度狐」の化かしは二度までしかない。三度目以降の話は五代目の構想の中にしかないはず。間宮の連絡を受け、次に殺害されるのは六代目だと直感した編集長の牧はヘリで駆けつけると、六代目を囮にして犯人を待つことに。そこに現れたのは、意外にも杵槌村出身の落語家で、緑の案内役を勤めていた夢風だった。
夢風は杵槌村で口演した五代目古秋と村に住む佐藤知恵との間にできた子供で、五代目が失踪したあとは亀山が引き取って育てていたのだ。その夢風も、逃げる途中何者かに殺されてしまう。かつて五代目古秋の「幽体離脱」の話に興味を持ち取材をしていた前編集部の京友成老人も加わって、事件の黒幕が亀山であることをつきとめる。この亀山こそが五代目古秋だった。
彼は、形態模写の得意な落語家百目に代役を頼んで杵槌村に行かせていたのだ。45年前に行方不明になったのは百目だった。そして殺害を指示したのは、六代目古秋だった。編集長の牧と京老人に追い詰められ火を放ち自殺を図る五代目古秋。六代目古秋の跡を継いだのは娘の瞳子だった。五ヵ月後、彼女による一門の立て直しも軌道に乗ると、世襲を廃止し古秋の名を返上した。
そんなある日、緑は町で五代目とそっくりなホームレスの口演する声を耳にする。それは、まぎれもなく死んだはずの五代目古秋だった。「いずれまた、会うことになるかも知れんな」という言葉を残して立ち去る五代目。
*七度狐=七度続けて人を騙すというタチの悪い狐。

大崎善生 パイロットフィッシュ
山崎隆二は41歳の雑誌編集者。深夜、自宅のマンションで熱帯魚が泳ぐ水槽を眺めていると、19年ぶりに別れた恋人・由希子から電話がかかってくる。二人でプリクラを撮りたいというのだ。
札幌から東京の大学に出てきたばかりで引きこもり気味の隆二が由希子と出会ったのは、アルバイト先を訪問しようとして道に迷い疲れ果てて入った喫茶店だった。由希子も親友(伊都子)が自分の彼と関係を持ってしまう裏切りに打ちひしがれていたのだ。由希子は隆二のために、アルバイト先も就職先も見つけてくれた。彼の人生は全部彼女がお膳立てしてくれたようなものだった。しかし、二人に良くしていてくれた、バイト先のロック喫茶の店長・渡辺が飛行機事故で死んだ日、山崎は伊都子と関係を持ってしまう。隆二の前から姿を消してしまう由紀子。
山崎は、由希子が見つけてくれた文人出版という出版社に入り、以来、「月刊エレクト」というエロ雑誌の編集を続けている。沢井というベテラン編集長の存在が大きかったが、その沢井も癌で死を待つばかりとなる。
風俗ライターの高木と組んだ「新宿風俗嬢ストーリー」の最終回に登場した可奈のことが評判を呼び、マスコミにも頻繁に登場するようになったが、テレビで見る可奈は日増しにやせていった。そんなある日、可奈から会って欲しいと連絡がはいる。山崎の家で丸三日眠り続けた可奈は、「ごめんなさい、お父さん」と、夢にうなされて起きる。それからさらに三日間眠り、食事も食べられるようになり生気を取り戻した可奈だったが、突然、隆二の目の前からいなくなってしまう。
3ヵ月後、可奈の友達だったというコンビニで働く七海が、2ヵ月後に渡して欲しいと可奈に頼まれたという手紙をもって訊ねてくる。そこには、山崎へのお礼とともに、自分が渡辺の娘であること暗示するとともに、「新宿風俗嬢ストーリー」のインタビューのときから山崎が父の友人であることに気がついていたことが記されていた。
19年ぶりに会った由希子とプリクラを撮る山崎。自分の夫の浮気(相手は伊都子)にむしゃくしゃして、山崎の同僚・五十嵐とラブホテルに行ったが文人出版の人と聞いて、今でも「私は山崎君に守られている」と、過ちを犯さずにすんだこと、その後五十嵐とは、何度か喫茶店で会っていることを知らされる。山崎は迷った末に、文人出版を止めることを決意する。七海と二人で生きていく希望を持って。
アジアンタムブルー

大沢在昌  新宿鮫
歌舞伎町界隈でおきた警官ばかりが狙われる連続殺人事件。本庁から同期の香田警視が乗り込んでくる。犯行に使われた銃が密造銃の天才・木津によるものだと確信した鮫島は、密造現場を突き止め踏み込むが、罠にはまって捕らえられてしまう。拷問死を免れることができたのは「まんじゅう(死人)」と陰口をたたかれていた彼の上司・花井課長が木津を射殺してくれたからだ。犯行をおこしたのは木津を慕うオカマのカズオからたまたま銃を預かった砂上という男で、かつて自分がやくざから暴行を受けたとき園遊会で警官がたくさん出ていたにもかかわらず誰も警官が助けてくれなかったことを逆恨みしての犯行だと判明する。砂上のアパートで、鮫島の恋人であるフーズハニイの晶のテープをみつけた鮫島はかつて彼女のライブへ行く途中、やくざから乱暴されていた男を助けたことを思い出す。砂上の次の目標が晶だと気づいた鮫島は、警察マニアに撹乱されながらも新宿のライブハウスにかけつけ、危機一髪晶を救い出し、砂上を逮捕する。

大沢在昌  毒猿・新宿鮫U

自分を裏切り恋人も殺した台湾マフィアのボス・葉威が日本に潜伏していることを突き止めた台北の殺し屋・毒猿は、葉の手がかりを掴むためにボーイとして働いていた店の中国人ホステス・奈美と逃げながら、しだいに葉と葉をかくまう石和組を追いつめていく。特殊部隊出身の毒猿の戦闘能力は日本の暴力団の想像を絶し、石和組の組員は次々と消されていく。そして毒猿を追って日本に渡ってきた台北の刑事郭栄民。石和組を捜査していた鮫島は郭に協力することになる。ホステスの奈美が、葉と石和組に捕らえられると、鮫島は奈美を救出すべく石和組の本部に潜入するが、鮫島をかばって郭が撃たれてしまう。郭は毒猿とは軍隊時代の親友であり、なんとか自分の手で逮捕しようと追っていたのだ。郭は、自分に代わって猿を逮捕してくれるように鮫島に頼み息を引き取る。深夜の新宿御苑での銃撃戦の末、葉を仕留めることはできたものの、毒猿は虫垂炎悪化のために救急車で死んでしまう。

大沢在昌 屍欄・新宿鮫V
高級娼婦の元締をしている浜倉は、妊娠して仕事を辞めた女の子・堀ミカヨが、出先で腹痛になって駆込んだ産婦人科医院で理由もなく堕胎手術をされたことに憤慨し、釜石クリニックに話をつけに行くが、その翌日、変死体となって発見される。釜石クリニックに復讐に行くと出かけていったミカヨの彼氏も行方不明になって戻ってこない。釜石クリニックを訪問した鮫島はそこで、国税庁の友人でマル査の滝沢と会うが、その友人も出勤途中の駅のホームで転落死してしまう。鮫島は釜石クリニックの背景に迫りつつあったが、逆に罠に嵌まり汚職警官として拘束される。やがて釜石クリニックが胎児売買をしていること、その資金で須藤あかねビューティークリニックが大きくなっていること、邪魔者を島岡ふみ枝が次々と除外していたことが判明する。ふみ枝は、少女時代の須藤あかねの看護婦だったころ、あかねを事故にあわせ植物人間にしてしまったことで、須藤あかねの妹で須藤あかねビューティークリニックの社長・須藤綾香に献身的に仕えてきたのだ。鮫島の追及をかわせないと観念したふみ枝は、綾香とその愛人の元刑事・光塚を殺害しようとするが、先回りしていた鮫島に捕らえられる。編棒の先に塗った毒で自害するふみ枝。

大沢在昌 無間人形・新宿鮫W
舐めただけで効く覚醒剤「アイスキャンディ」。一粒500円という価格から普及し続けているが、鮫島は麻薬取締官の妨害にあいながらも、「アイスキャンディ」が、地方財閥である香川家の昇と進の兄弟がつくり、本家の出戻り・景子の仲立ちで共栄会藤野組の角が捌いていることを突き止める。共栄会藤野組は、かつて晶と鮫島を結んだトルエンシ売買をしていた組で、兄貴分の真壁は服役中。香川兄弟の価格つり上げに対抗して、進の恋人・沙貴と引き替えに30万錠の「アイスキャンディ」を要求する角。暴走する進は角を殺してしまう。組に追われる進。昇は晶を人質に鮫島に進を守ることを要求するが進は殺されてしまう。晶を事件に巻き込んだかつてのバンド仲間・国前も仲間割れのあげく殺されてしまう。危機一髪晶を助け出す鮫島。原料は海に沈められていた100キロのメタンだった。

大沢在昌 炎蛹・新宿鮫X
ロベルト村上こと仙田勝が黒幕とされるイラン人電気製品窃盗グループを追う鮫島。そして、イラン人と対立する中国系グループ。サンディというコロンビア人娼婦を付け狙う、彼女に病気を移されたことで離縁された作り酒屋の婿養子・氏家。すでに人違いで2人殺している。ラブホテルにポケットベルで作動する時限発火装置を仕掛け女装して火事を見届ける有名デザイナーの息子・串本清郎。
コロンビア人街娼殺害事件の被害者となったリタ・エスコバルの部屋に現われた横浜植物防疫所の防疫官・甲屋公典は、鮫島に、リタが稲の大害虫となる「火の蛹(フラメウス・プーパ)」の赤い繭がびっしりついたワラ細工を持っていたが、リタの死後、同居人のサンディが持ち出したのではないかと、鮫島に捜査の協力をあおぐ。蛹が孵化する前に確保しないと日本の稲作に甚大な被害を与えかねないのだ。関係が無いように見える事件は重なっていく。ついにサンディの新しい部屋でワラ細工を手に入れる甲屋。氏家もサンディを見つけだし殺害しようとするが甲屋に阻止され、甲屋も負傷する。

大沢在昌 氷舞・新宿鮫Y
西新宿のホテルで、元CIAのブライドが射殺される。捜査の指揮は香田警視だが彼は公安のガードの高さに疑問を抱き鮫島に協力を依頼する。クレジットカードの偽造グループを追っていた鮫島は、仙田の話から、ブライドが平田組と組んでコカイン取引をしていたこと、偽造グループの日系コロンビア人・ハギモリも平田組の前岡と繋がっていることを知らされる。ハギモリが杉田江見里のカードを持っていたことから彼女を訪ねた鮫島は、彼女がマホという彼の知っている舞台女優であることを知る。
平田組の前岡を操っていたのは元刑事で公安捜査官の立花で、これには彼のかつての上司で大物政治家の京山が関係していた。江見里の母親・苑子はかつて貝口という左翼政治家の秘書としてブライドをスパイしていたが、貝口と恋に落ちたことから殺されていたのだ。何年かして貝口と政治で対立した京山は切り札として昔の事件を持ち出し、貝口を自殺に追いやっていた。貝口の遺書が江見里の親がわりである葉山ホテルのオーナー嶋に届けられ、貝口が死ぬことで事実を知った江見里は復讐を始めていたのだ。最後は立花と差し違え、彼女は生き残る。

大沢在昌 風化水脈・新宿鮫[
管内で多発する自動車窃盗を追っていた鮫島は、Nシステムの網の目をかいくぐるための洗い場を6丁目の古家つきガレージに絞込み、近くの駐車場を管理する大江老人の協力で張り込んでいたが、大江の目を盗んで家を捜査すると古井戸から40年前の死体が発見される。死体は「永久死体」化しており、その体内からは警察拳銃による弾が見つかった。大江は、かつて銃を盗まれたことで免職になった久保川巡査であり、彼は誰かをかばうために古井戸の江近くで管理人として居つづけていたのだ。窃盗団は、藤野組組員・真壁にのどをつぶされた中国人王と藤野組の矢崎の仕業だったが、矢崎が死んだので真壁が後を継いでいた。出所したばかりの真壁を心配する妻の雪絵は鮫島に相談する。復讐に燃える王は、真壁をガレージにさそいだすが、危機一髪鮫島に助けられる。40年前の死体は森清というチンピラで、雪絵の母が大江の銃を盗んで自分と自分の親友を守るために殺していたのだった。

大沢在昌 狼花・新宿鮫\
新宿中央公園でナイジェリア人・オドメグが襲われた。犯人のナムディがオメドクの大麻を奪ったと睨んだ鮫島は、オドメグに住居を斡旋した旅行代理店の線から大麻が田島組の下ろしたブツであること、その背景に日本最大の暴力団稜知会が関与する「泥棒市場」の存在があることをつかむ。かつて家電盗品密売グループを管理していた仙田勝が今回の「泥棒市場」とも繋がりを持っていると考えた鮫島は、仙田の指紋をFISで照会するが何者かにより消去されていた。それは、仙田(本名=間野)がかつて公安一課(サクラ部隊)の人間だったことを意味していた。その仙田(別名=深田)に、泥棒市場の盗品鑑定士として育てられる弁護士を夢見て日本に出稼ぎに来ていた中国人の明蘭だが、仙田の目を盗んで仙田のパートナー毛利(石崎)と、彼が暴力団の一員であることを承知で関係を持つことになる。そして、仙田から毛利のいる稜知会に市場の管理を任せ、自ら組織犯罪対策部に異動してまで、外国人犯罪者の動きを牽制しようと暗躍する香田警視。彼は家族を外国人犯罪者に襲われたばかりだった。悪(外国人犯罪者)を滅ぼすために悪(稜知会)と手を結ぶやり方に反発する鮫島。毛利から明蘭を自由にさせようと、毛利と明蘭が密かに香田と密会している席に踏み込む仙田。しかし、仙田が居場所を教えていたために現れた鮫島によって仙田は撃たれることに。辞表を出す香田。
   
小笠原慧 DZ
1980年、ベトナム。奇胎妊娠の疑いがあるからと堕胎をすすめられた妊婦は病院を逃げ出し、難民船でたどり着いた沖縄で出産する。数年後、ペンシルバニアの人里離れた屋敷で住人夫婦の死体が発見され、5歳になる一人息子の姿は消えていた。州警察のスネル警部は男の子の消息を追うが、事件は迷宮入りに。
同じ頃の日本。平凡な会社員の1人娘・沙耶は、2歳の頃から文字を理解できるほど知能が優れていたが、突然口をきかなくなってしまう。医師の診断は小児統合失調症。
そして現在。ボルチモアへ短期留学していた研究者の石橋は、ジョンズ・ホプキンス大学病院で、人間離れした頭脳とパワーを持つグエン・シーゲルと共同で研究を始めていたが、画期的な論文を発表するめどが立ったその時、石橋は事故を装ってグエンに殺害される。グエンとの結婚を控えていた産婦人科医院長・ヤンも、グエンが研究のために意図的に妊婦を流産させていることを責めたために殺される。
石橋の恋人だった志度涼子は、障害児の弟を持つことから滋賀にある重度心身障害児施設・近江愛育園に女医として赴任し、そこで何年間も保護室に入れられていた沙耶と出会い、彼女の心を開いていく。医学雑誌に載っていた沙耶のことを記した涼子と涼子の同僚・水田の共同論文を読んだグレンは、自分の妹に会うために日本に渡る。同じ頃、警察を定年になったスネルも、ペンシルバニアで行方不明になっていた少年がグレンだと確信すると、グレンに殺害された石橋の遺族を訪ねて日本に向かう。
目の前に現われた石橋の同僚だったグレンに惹かれていく涼子。グレンと沙耶はベトナム人難民から産まれた一卵性双生児(DZ)だったのだ。
ホモ・スペリエンス(超人類)として生まれたグレンは、自分の種の保存のために同じ染色体異常をもつ沙耶を妊娠させる。沙耶を園から連れ出そうとするグエンを阻止するスネルと涼子。グエンは、涼子を撃とうとして涼子を守ろうとした沙耶を誤って撃ってしまうと、沙耶と救急車に乗り込み火を放って死ぬ。
グエンが養父母を殺したのは、虐待を受けていたからだった。水田の結婚申し込みをことわる涼子。涼子のお腹にはグエンの子がいたのだった。涼子も染色体異常を持っていたのだ。

岡田秀文  落ちた花は西へ奔れ  
大坂城落城の後に真田大助(幸村の子)、茜(薩摩方の間者)、平山長十郎(徳川方の間者)つる姫(秀頼の娘)、三人の側近とともに西へ落ちる豊臣秀頼。それを口実に薩摩の島津を滅ぼすために片桐且元、本多正純らと陰謀を企む徳川家康。島津義弘・家久親子の対立、茜、長十郎の正体の不明さ。瀬戸内海に用意された薩摩行きの船の上で、一瞬の隙をついて自ら弾薬庫に火を放って爆死する秀頼。大助、茜、つる姫だけは逃げ延び、薩摩に向かう。

岡田秀文 太閤暗殺
天下を騒がせた大泥棒・石川五右衛門一味が京都所司代・前田玄以に捕まり、釜茹での刑に処せられた。しかし、釜茹でにされたのは身代わりの男で、本物の五右衛門は牢から脱出していた。この失態に一刻も早く五右衛門を捕らえたい玄以は、遂に隠れ家を探し当て逃げる五右衛門一味を追跡するが、彼らは羽柴秀次の住む聚楽第に逃げ込む。玄以としても、秀吉の甥であり関白の位にある人物の屋敷に立ち入る事は難しく、追跡を諦めるしかなかった。
羽柴秀次の家老・木村常陸介は、豊臣秀吉に嫡男・秀頼が生まれたことで、秀次が豊臣家を継ぐのが難しい状況になったこと、また、石田三成や前田玄以といった秀吉の家来たちの台頭を苦々しく感じていたこともあり、秀吉を暗殺するという大きな決断をする。そのために雇い入れたのが、石川五右衛門とその一味だった。
しかし、秀吉が狙われていると感づいた前田玄以と石田三成は、石川五右衛門一味の襲撃に備える。五右衛門は故意に捕らえられ、太閤に謁見した時に秀吉(影武者)を殺害したが、真相は、秀次を滅ぼす口実に、秀吉が五右衛門を牢から脱出させ、五右衛門に、木村常陸介の命を帯びて自分の影武者を殺させようとしたのだった。
*出雲阿国、左甚五郎なども登場。

小川勝己 彼岸の奴隷
首を切り落とされた身元不明の女の死体が発見された。捜査するのは、警視庁捜査一課の刑事・蒲生信昭。彼には、キャリアの刑事だった父が目の前で殉職したこと、クラブの先輩に奉仕させられたという辛い過去があり、銃マニアで、仕事よりカレーの出来映えのほうが大事だと考えている。蒲生と組むのは、本庁から流れてきた所轄署の刑事・和泉龍一。彼は、花井組のカシラで人肉嗜好のある八木澤と癒着してカスリを取る典型的な悪徳刑事。クスリで検挙した大学生・川奈智沙を目こぼしする代わりに力ずくで犯したりもする。
死体の身元がわれ、娘の涼から捜査願いが出ていたクリスチャンで保護司の大河内聡子だとわかる。聡子は最後にシライシという人物に会っていたことがわかるが、和泉は聡子を知っていた。彼女は和泉の継母だったばかりか、和泉の目の前で友人の白石にレイプされたことが今でもトラウマになっていた。聡子が殺されたのは、出所した平石が組への上納金を納めるため、涼と、平石のムショ仲間で涼の付き合っていた原奨と宝石を強盗したことを聡子に知られそうになったためで、聡子を殺したのは原だった。
原の潜む工場跡地に向かう家宅捜索時の犯人射殺で辞職していた和泉と涼。和泉を追う智沙と、智沙に連れまわされる梅田。原は八木澤に殺されており、八木澤一味と、和泉の後釜に座った山口警部が待ち伏せしていた。和泉は蒲生に撃たれて死ぬ間際、白石こそ和泉自信だと気づかされる。死者23人を出した事件も、警視総監の司法取引により、山口と和泉は殉職あつかいになり、すべては八木澤の罪になり涼も智沙も無罪となった。

小川勝己 眩暈を愛して夢を見よ
勤めていたAV制作会社が倒産しバイト生活を送る「ぼく」須山隆治は、元AV女優の里村リサから、堅気のサラリーマンと婚約したと聞いていた山下なつみが失踪したことを知らされる。山下なつみの本名は柏木美南で、隆治が高校時代から憧れていた上級生だった。女優を目指し、読書好で、同人誌に作品を投稿し、しかし誰とでも寝る山下なつみ。深夜番組に出演していた女子大生のとき、仲間の三人組から「どんぐりちゃん」虐められていたが、その美南の過去に関わる人物が、次々と殺されていく。そればかりか、美南を振った元男優や須山のバイト仲間の軽部まいまでも殺される。美南の婚約相手の蓬田も加わり、リサと「ぼく」は事件の真相を追う。
そして、自分をムショ送りにした美南を殺すために彼女の居場所を探していた、殺人の刑期を終えて出所した「おれ」と、もうひとり童謡の歌詞に合わせて血なまぐさい見立て殺人を繰り返す「わたし」。
三人の視点から物語は語られるが、第二部に入り、美南が同人誌に発表した短篇が作中に挿入されはじめると物語は一転。作中作も含め何者かが記したテキストである、という前提で物語が続く。登場人物の行動の隙間や時間的な齟齬など、「引っかかり」も全て形を変え、ヒントとなって後半部で利用される。
前半の普通のミステリ形式を捨て去り、後半は、第一部のテキストにおいて、記されていない内容を第三者が読み解くメタミステリへと変わる。この変則基準のミステリによって支配された物語は、柏木美南が首を吊って自殺したことがわかることで終わるかに見える。隆治は美南の追悼ビデオを提案するが社長に却下される。

小川勝己 撓田村事件-iの遠近法的倒錯
岡山県の郡部にある香住村字撓田の中学校に通う阿久津智明は、同じクラスの山田ゆり(体育教師の山田勲の異父妹)に恋心を抱くが、ゆりに頼まれて仕方なく撓田村の名家である朝霧家の息子・朝霧将晴との恋の橋渡しをすることに。それでも、智明、将晴、ゆり、そしてゆりの友人で篠宮光子の4人は平和な学校生活を送っていた。しかし東京から桑島佳史が転校してくると、それまでボス的存在だった将晴は、頭が良く都会的な佳史にその地位を脅かされるようになる。佳史一家とは30年以上音信不通だったのを将晴の祖母・八千代が見つけ出し、朝霧家に間借りさせているのだという。
そんな突然現われた佳史が目ざわりだった将晴は、ついに学校で佳史に暴力をふるってしまう。その翌日、佳史の死体が雑木林の木の上で見つかる。下半身は切り取られており、裸の上半身だけが木の枝分かれした部分に乗っていた。数日後、1ヶ月前から行方不明だった朝霧八千代の死体が犬塚(昔、犬使いの老婆を流れ者が殺したために祟りが生じ、これを鎮めた)で発見される。下半身のない腐乱死体だった。次に殺害されたのは佳史の妹の琴乃で、やはり下半身は切り取られていた。
事件を解明しようとする30年前に撓田村の駐在だった藤枝警部補と、暴力団から八千代の居所を探せと命令された便利屋兼私立探偵の寺沢響。それに、もと特高だった智明の祖父の源一郎。撓田村は人口100人たらずの平穏な村ではあるが、戦時中には、匿われていたコミュニスト一家を村人たちが惨殺したときに犬が火の玉となって走り回り村が大火事となった事件、昭和42年には、八千代に呼ばれて朝霧家に奉公に行っていた静(現在は八千代の援助で村で食堂を営む)の一人娘の真由美(将晴の父・一馬と深い関係になるが朝霧家も静も結婚に反対していた)が何者かに神社の境内で惨殺される事件が起きている。
やがて、佳史と琴乃を殺害したのが体育教師の山田勲だったことがわかる。勲は、琴乃と付き合っていながら智明の隣家に住む日向千鶴(かつて一馬と恋仲だったが別の男と結婚させられそれも失敗し出戻りになっていた)とも関係を持っていることを佳史に咎められて殺害、のちに琴乃も口封じのため殺害していたのだ。しかし、佳史の下半身を切断して木に括りつけたのは、佳史に麻薬と黒魔術の洗礼を受けた取り巻きの3人の同級生だった。智明も勲に首を絞められそうになるが、危機一髪、寺沢に助けられる。
やがて、八千代が産まず女だったこと(だから八千代の下半身は見つからないまま)、一馬は八千代の子供ではなく静の息子だったこと(父親は八千代の父)、勲は母の博子から「お前のお父さんは朝霧一馬だ」と聞かされていたことを知る。真由美と八千代を殺害したのは自分だという遺書を残して静は自殺を図り担ぎ込まれた病院で息を引き取るが、寺沢は一馬が二人を殺した犯人だと詰め寄る。寺沢が置いていった拳銃で死ぬ一馬。
*勲の本当の父親は30年前博子と関係のあった藤枝だったが勲は知らない。

小川洋子 博士の愛した数式
家政婦として働く私は、年老いた元大学教師・博士の家に派遣される。優秀な数学者だったが、17年前の交通事故で、80分しか記憶を維持することができなくなっていた。数字にしか興味を示さない博士だったが、私の10歳になる息子との出会いをきっかけに変化が訪れる。彼は息子を抱きしめると頭の形からルートと名づけた。「これを使えば、無限の数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」からだという。
子供をひとりにしてはよくないという博士の主張で、ルート、博士そして私の、午前11時から午後7時までの生活が始まる。今だ江夏が活躍していると思っている博士を連れて初めて球場にいた日の夜、博士は熱を出した。泊りがけで看病したことと、仕事場に子供を連れて行ったことが雇い主である博士の義姉の通報で組合の知るところなり辞めさせられてしまう。私もルートもすっかり張り合いがなくなっていたが、ルートが博士を訪ねている現場に義姉から呼出され「お金が目当てなのか」と言われ「友達としてルートが訪ねてはいけないのですか」と言い切り、博士が「子供をいじめるのはよくない」とオイラーの方式を書いた日からまもなくして、私とルートはカムバックする。
過去の新聞から博士が義姉と一緒にいて事故に遭ったこと、博士が野球カードを大切にしまっていた缶の中から偶然見つけた写真から博士と義姉の親交の深さを知る。しかし博士は、ルートの11歳の誕生を祝った翌々日、医療施設に入院してしまった。もはや記憶は続かなくなっていたのだ。それでも月に1〜2回は病院に見舞いに行った。博士から誕生日にプレゼントされたグローブを持って。博士の首には私たちが贈った江夏の野球カードが義姉によってIDカードのように加工されていた。お見舞いは博士が死ぬまで続いた。そしてルートが中学校の数学教師になったことを報告する私。

荻原浩  あの日にドライブ
牧村伸郎は銀行という特殊な世界のしきたりを頑なに守ってきたが、部下の西村をかばうつもりで吐いた上司の副支店長・徳田へのたった一言で、エリート銀行員としてのキャリアを閉ざされ、自ら退社の道を選ぶことになる。都市銀行の管理職だったプライドが再就職の障害となり、やむなくタクシー会社に就職する伸郎。公認会計士試験を受けるまでの腰掛のつもりだったが、乗車業務に疲れて帰ってくる毎日では参考書もすすまない。営業ノルマに追いかけられ、ストレス性の円形脱毛症になり、気がつけば娘や息子と会話が成立しなくなっている。
ある日、たまたま客を降ろしたのが学生時代に住んでいたアパートの近くだったことからアパートへ行ってみると、1カ月後には取り壊されるのだと言う。仮眠用に使ってもいいから、1カ月だけでも借りられないかと考える。そんなとき、同期会の案内が届く。銀行員のままだったら出席していたに違いないが、今の伸郎は迷う。学生時代に思いを馳せ、ついヴァーチャル人生のシミュレーションをしてしまう伸郎。あのとき違う選択をしていたらどうだったのだろう。同じ大学の編集サークルにいた恵美とあのまま結婚していたら。恵美から教えてもらった小さいながらも子供のために本を作りつづけている青羊社に就職していたら。結婚に失敗して実家に戻っていると同期から聞いていた恵美に会いたくて度々、桜上水まで車を回す伸郎。
しかし、恵美の子供だと思っていた男の子が恵美の甥で、ころんで泣き叫ぶその子の耳を、周りに人がいない事を確認してきつく引っ張って醜い顔で笑っている恵美を見たとき。また、池袋に移転していた青羊社を訪ねると、少女ポルノを扱っていることを知ったとき、伸郎のヴャーチャル人生が粉々に打ち砕かれる。伸郎が人生の車線変更を模索する一方で、タクシー運転手がすっかり板についてくる。しかし、成績の上がらない同僚の山城が、昔、有名な競輪の選手で、退社してもう一度競輪の世界に戻ろうとしていること、いけすかない営業部長も以前はれっきとした保険会社の管理職だったことを知り、ここにいても、同僚たちの人生からも学ぶことがあるはずだと考える。さらに、妻の律子や子供たちの気遣い。伸郎が寝ている最中に、脱毛症の薬をつけてくれていた息子、伸郎の邪魔にならないようにお風呂で音楽を聞いていた娘、私立を諦めて公立に行ったことを決して後悔していないと言う。学生時代に住んでいたアパートを借りようとして用意した金で、息子にはグローブを、娘にはMDウォークマンを買う伸郎。
ある日、偶然に泥酔した元上司の徳田を乗せてしまう。執行役員になれなかったことで荒れている。旭までという徳田を、神奈川でなく千葉の旭まで連れて行き九十九里の海岸に置き去りにする伸郎。銚子にある母校の中学校まで行き、野球部時代を懐かしむように夜中のグランドに立つ。夜明け、伸郎は置き去りにした徳田を乗せて帰ることに。

荻原浩 神様からひと言
上司を殴ったことから超大手の広告代理店を飛び出した佐倉凉平。恋人のリンコにも逃げられる。中堅の食品会社「珠川食品」に入社したものの、最初の役員プレゼンの席上、卑劣な上司・末松ともめごとを起こし「お客様相談室」送りとなる。そこは「お客様の声は、神のひと言」という失踪中の創業者の社是を実践する部署であったが、実はリストラ要員をいびり出すための「強制収容所」であった。
珠川食品の衛生管理などの杜撰さを突いて次々と寄せられる苦情に、ギャンブル狂いの先輩・篠崎についてなんとか乗り切ろうとする涼平。なかには、常連クレーマーや小金を稼ごうとするチンピラなども。頼りにならない室長の本間をはじめ、廃部寸前の剣道部部の大男・神保、コネで入ってきたフィギアお宅・羽沢、夢遊病者のような男・山内、涼平のあとに配属になった創業者の孫で副社長のもと愛人・宍戸と、まさに会社のはきだめといったところ。しかし、べた付けのスクラッチが透けていたため組関係と思われる二人組に多量の当たり券を買い取れと押しかけてきた販促課のピンチを、ティンバーウルフの刺青を見せて揺さぶりをかけて救ったことから、副社長のひと言で涼平だけ販促課に戻される。
製品化直前で中止になった頑固一徹のラーメン店・げんこつ亭の店長から珠川食品の麺があまりにもひどいと聞いた涼平は、その製粉会社・東州製粉こそが副社長の愛人の実家であることをつきとめる。その東州製粉の麺を使った新製品のネーミング案として、役員会の席上で涼平がプレゼンしたのは「くそラーメン」。東州製粉の件を告発しようとして飛ばされていた神保が自殺してしまったこともあり、涼平はすっかり開き直っていた。副社長と東州会社の癒着、そして東州製粉の娘との関係を暴く涼平。
守衛につまみ出されそうになったとき現れたのは、何度か涼平も訪れていた明石町(副社長の祖母=失踪中の会長の妾・吉野節子)と、車椅子を押す失踪中の会長・玉川政次だった。最高の塩ラーメンを開発するために沖縄の製塩会社にいたのを篠崎が探し出したのだった。混乱する役員会。何日かして篠崎から、苦情処理会社をつくろうと誘われる涼平。リンコの居場所を見つけ会いに行く涼平。
*涼平がギターを抱えて街頭で歌を歌っていると現れるホームレス風の若い男。何度かホームレス風の神様は涼平にアドバイスする。タイトルの“神様には、ホームレス風の神様と、「お客様は神様です」が掛かっっている。

荻原浩 オロロ畑でつかまえて
奥羽山脈の一角、日本最後の秘境・大牛山の山麓にある人口300人の寒村・牛穴村。とうとう8人にまで減ってしまった青年会のメンバー。8人では祭の千貫みこしもかつげないし、野球をするにも人数が足りない。今年37歳になる富山悟も、村を出ることを考えていた。青年会長の米田慎一は村の過疎化を食い止めるために、自分たちのお金で広告代理店を雇って牛穴村をイメージアップさせるという方法を提案。唯一の大卒である慎一の友人が、東京の広告代理店に就職しているというので悟を連れてたずねるが、500万円という信じられない予算では帝国エージェンシーに勤めるかつての友人からはまるで相手にされず、結局2人は倒産寸前の弱小プロダクション・ユニバーサル広告社へと飛び込むことに。
胡散臭い関西弁を使う社長の石井。エキセントリックなアートディレクター、村崎。帝国エージェンシーから4年前に転職してきた杉山は早速牛穴村へと向かう。しかし牛穴村は本当に何もない村。半ばヤケとなった杉山の出したプランとは、ネッシーならぬ、ウッシーという、謎の生物をでっちあげること。一時は注目を集めるが、ウッシーがニセモノとばれてしまいもとの村に。しかし、悟と結婚した元人気アナウンサーの記事から人が集まるようになる。

荻原浩 ママの狙撃銃
曜子は、私立中学に通う娘と幼稚園に通う息子の母親である。家や車のローン、娘の学費、息子のスイミングスクール代。リストラされかかっている夫。 決して裕福とは言えない生活に日々汲々としながらも明るい家庭を築いていたが、ある日、25年振りにKから、ある人物を暗殺して欲しいと連絡が入る。曜子は、ベトナム戦争で狙撃兵として従軍し後に暗殺者となった祖父エドから、6歳のころからオクラホマで銃を仕込まれており、エドの入院中に1度だけ(25年前)暗殺を引き受けたことがあったのだ。
Kからの依頼に思わずYESと言ってしまう曜子。家族の健康に気を使い料理に精を出すその手で、バラした狙撃用ライフルを9分台で組み上げるなど、日常生活の中でトレーニングを開始する。観覧車の中から、携帯電話でホテルの窓際におびき寄せた標的(次期大統領候補の一人)を携帯電話もろともに打ち抜く曜子。捜査線上に彼女が浮かぶことはなかった。
娘がいじめられているのは帰国子女の生徒モネが仕向けているのだと知った曜子は、同級生の家に乗り込み、ふてくされるモネにこっそり英語でののしり、二度と娘に手出しをしないように銃で脅かしたりする。かつて殺した二人の男の亡霊にとりつかれ、誰にも打ち明けられない孤独に身悶える曜子。しかし母は強し。娘の学費のため、息子のプール代のため、夫の借金返済のため、Kからの依頼に再び銃を取る。今度の標的は、自分から死にたがっているが自殺はできない男だという。
陽子が狙撃場所に選んだ向かいのマンションの屋上からスコープで覗いた標的は、アメリカ時代に親しかった中華料理人のクワンだった。そして、それがKだった。Kは曜子に殺されるのは本望だと言った。引き金に手をかけてしまう曜子。その後、自分も死のうと口にライフルを加えるが引き金が引けない。携帯電話から息子の声がする。自殺を諦める曜子。立ち上がる曜子のあとを3人の亡霊がついていく。

荻原浩 明日の記憶
主人公の佐伯雅行は50歳になったばかりの広告代理店の営業部長。仕事も順調で、一人娘はもうすぐ結婚し孫も生まれようとしている。 そんな佐伯だが、徐々にひどい物忘れに襲われるようになっていく。
病院で若い医者が伝えた病名は「若年性アルツハイマー」。大切なものを忘れないようにと日記(「備忘録」)をつけ始め、メモを大量に取り、必死に病気に抗おうとするが、普段歩き慣れた道を忘れてしまう、いつも会っている人を忘れてしまう、ビジネスマンなのに約束を忘れてしまう。日記が、だんだんとひらがな交じりになっていく。そのうち、忘れないようにと、逐一とることにしていたメモがポケットにあふれ、どこにメモがあるのかさえわからなくなる。ミスが目立つようになった佐伯は、アルツハイマー病であることが会社に知れてしまい、一旦は資料管理室という部署に異動になるが、娘の結婚を待って退職する。
陶芸が趣味の佐伯は、陶芸をしているときだけは落ち着いていられたが、陶芸教室の先生にもお金を誤魔化され裏切られる。そして、どんどん過去の記憶にさかのぼっていく。妻に内緒で介護施設を見学した帰り、25年ぶりに一升瓶をもって学生時代に通っていた多摩の山奥の窯を訪ねる。
2年前に死んだ友人に誘われて通っていた、妻と来たこともあった窯であったが、すっかり荒廃していて、人の気配もない。諦めて一人で飲みはじめると、かつての師匠が現れる。師匠も「痴呆と言われ、無理矢理施設に入れられたが逃げてきたのだ」と言う。そして、「登り窯は無理だが、野焼きしてやる」と佐伯が持ってきた娘夫婦に贈るつもりの湯飲茶碗茶を窯に入れてくれた。
酒を酌み交わした翌朝、師匠に「あのできそこないがなあ。見られるやきものになったじゃないか」と言われ、佐伯は、喜んで焼き上がった茶碗を手に下山する。そして、ふもとで女性に出会う。「こんにちは」と声を掛けると、その女性も隣について歩いてくる。名前を尋ねると、しばらくして「枝実子っていいます。枝に実る子と書いて、枝実子」という答えが返ってくる。「いい名前ですね」と佐伯が言うと、ようやく彼女は少しだけ笑ってくれた。枝実子。それが妻の名前であることに佐伯はもう気づかなかった。

奥泉光  モーダルな事象
大阪の三流女子短大・敷島学園麗華女子短期大学の文学部で日本近代文学を講じる桑潟幸一助教授(通称・桑幸)のもとに、たまたま桑幸が数年前に「日本近代文学者総覧」で執筆を担当した無名の童話作家・溝口俊平の8編の短編からなる遺稿が発見されたと、研修館書房の猿渡という編集者によってもちこまれる。同社の「言霊」という雑誌に紹介文を書いて欲しいという猿渡の依頼をしぶしぶ引き受ける桑幸だったが、雑誌に作品と記事が掲載されると、定年間近の桑幸の同僚・蓑串暁義助教授ばかりでなく多くの読者に注目されることになる。
やがて今度は天竺出版の新城という編集者があらわれ、溝口の小説を本にしたいと訪ねてくる。取材には北川亜貴江というジャズシンガーで溝口の甥のテッド溝口とも知り合いのライターが立ち会うことに。桑幸は、猿渡に確認の連絡をとろうとするが、彼は突然研修館を辞めていて連絡がとれず、桑幸が預かったはずの遺稿も盗まれていた。それでも、自分が遺稿を発見したことになっている瀬戸内海の久貝島を一度は訪れてみることにするが、そこで、MD世界心霊教会(教祖は粘菌の研究者・柳沢桃春)という謎の宗教団体と溝口が親交にあったことに興味を持つ。やがて、8編の短編のうち4編をまとめた「明星のちかい」が天竺出版から出され評判となりはじめた矢先、行方不明になっていた猿渡の頭部が久貝島に隣接した島楠根島で発見され、半年前に奈良県生駒山中で発見された首なし死体の主であると判明する。
事件に興味を持った亜貴江は、元夫で編集者の諸橋倫敦と『夫婦探偵』さながらに真相を究明しようとする。溝口作品のコーナーを持つ倉敷児童文学館館長の猪原泉から、盗まれたはずの遺稿が桑幸名義で送られてきたと連絡が入ると、二人は倉敷に向かう。その二人より一足先に倉敷を訪ねていた新城は、府中の公園で撲殺されてしまう。新城が死ぬ直前に北海道へ出かけていたことを知ると、跡を追って北海道へいきMD教の札幌支部を訪ねる。そこで、アトランティスのコインの原料である不思議な力を発揮するロンギヌスという物質(人間を煮詰めたものから派生)を、戦時中に軍の施設があった久貝島で溝口と桃春が研究していたこと、非合法のスーパー・ロンギヌスという薬の製造に三ツ星製薬(会長・梶川良源)とMDが関わっていたこと、猿渡のアパートも薬の製造工場だったことを調べ上げる。
やがて、事件の発端が、アトランティスのコインを7枚そろえたいという欲望にかられた蓑串暁義が、残りの3枚を梶川良源から取り上げるために、連載をネタに梶川に脅しをかけていたことが、新城殺しで指名手配になった暁義本人の口から明かされる。終戦間際に海で遭難した15人の少年を題材に採った8番目の短編「十五少年冒険記」は、倉敷児童文学館の猪原泉の母ふさ江が書いたもので、久貝島で少年たちと情交の限りを尽くした溝口俊平(蓑串暁義はふさ江と俊平の間の子)を題材に採っていた。桑幸に遺稿を渡した猿渡こそ暁義の息子の偽装だったのだ。溝口俊平記念館のオープンイベントで久貝島に招待されるテッド・溝口グループ。戦時中の過去に戻って子供たちを救い出した桑幸の姿はその日を境に消えた。
数年後、ホームレスのだじゃれおじさんの記事が新聞に載る。名は猫介という。桑幸の姿だった。「あっちから、ダサイおさむらいが来るよ」「ほう、さよう(斜陽)ですか」。   *巻末には初心者のための奥泉文学入門と、過去の作品の解説。

奥田英朗 邪魔
友人と3人でオヤジ狩りをしていた渡辺裕輔は、張り込み中の刑事と知らずに襲いかかり、逆に返り討ちにあってしまう。男は本城署の刑事久野。交通事故で妊娠中の妻を失って以来不眠症に悩んでいる。張り込みをしていたのは、暴力団清和会との癒着や元婦警との不倫などの黒い噂ある同僚の花村の私生活を調べ、花村を退職させることが狙いだった。
以前、清和会と一悶着あったハイテックスという会社が放火された。清和会による嫌がらせの線が浮かび上がったが、火傷で入院していた宿直だった経理課長・及川を追及するうちに、久野は及川が使い込みをごまかすために狂言放火を図ったと確信する。
及川の妻恭子はスーパーで働いていたが、運動家に誘われて待遇改善運動に立ち上がりスーパーを敵に回すが、運動家の目的が運動資金を巻き上げるのが目的と知り決別。スーパーに復帰するが、社長から秘書(愛人)になれと持ちかけられ仕方なく関係を持つ。
夫から放火の真実を伝えられるが、家族を守るために自首を思いとどませる恭子。代わりに自分が捜査をかく乱させるための放火を企てるが久野に止められる。そこに久野を殺そうとする花村が現れ、花村は久野に刺され、久野は花村と結局放火した恭子に刺される。逃亡する恭子。
傷つきながら、生きていると信じ込んでいる義母の家にたどり着く久野。清和会とハイテックスの話し合いで、裕輔の友達で清和会の舎弟の洋平が放火の自首をしていたが、久野の捜査により及川は逮捕される。

奥田英朗 最悪
川谷伸次郎は都内で従業員2人の小さな鉄工所を経営している。不良品が出てはメーカーから叱られ、向かいにあるマンションの住民からは騒音の苦情が舞い込み頭が痛い。取引先の神田からは、大型機械の導入を打診され迷っていた。
一方、銀行員の藤崎みどりは、新入社員の歓迎会で上司のセクハラに遭ったことを、信頼できる別の上司に相談するが、会社の派閥争いに巻き込まれてしまい、気の重い日々を送っていた。王様扱いされないとすぐに怒り出す客や毎日来店しては気安く話しかけてくる老人たちを思い出しては憂鬱になるみどり。
無職の若者、野村和也は、川谷の会社からトルエンを盗み出すために借りたやくざの車のナンバーが警察に通報されたため、リンチを受けた上に大金を要求される。切羽詰まった和也は、恋人のめぐみと共に、銀行強盗を決行する。押し入ったのはみどりの勤める銀行で、金策のためにたまたま川谷も居合わせていた。川谷に対して銀行は、一旦は「金を貸す」といいながら突然手の平を返したような冷たい対応をとっていたのだ。そんな中、川谷の金を持って逃げようとした和也たちを追って、川谷とみどりも和也たちの車に乗ってしまった。その後、川谷は、自分が銀行強盗の犯人として指名手配されたことをニュースで知り仰天する。
川谷、みどり、和也、めぐみの4人は、山の別荘に逃げ込んだ。そこで4人はやっと、それぞれの事情を知る。そして、銀行の対応に腹を据えかねていた川谷は、銀行に謝罪会見をさせることを思いつく。

奥田英朗 東京物語
田村久雄の18歳で上京して30歳になるまでの6つの1日を綴った作品集。
大学を中退後、社長含め5人のプロダクション「新広社」でコピーライターとして働く21歳になった久雄は、雑用の間に仕事をこなす毎日。ジョン・レノンが殺害された年の1981年12月9日。(「あの日、聴いた歌」)。
久雄が名古屋から上京した日。送ってきてくれた母と別れ孤独を感じた久雄は上京している平野を訪ねる。キャンディーズのさよならコンサートの日。(「春本番」)。
久雄は一浪し入学した大学の演劇部に所属している。菜穂子先輩に憧れているが近づけないでいる。同級の小山江里は酒が入ると田村と呼び捨てで呼び、乱暴な口調になる。そんな江里に振り回されて都内を走り回るはめになる久雄。1979年6月2日江川初先発。(「レモン」)。
「新広社」で働く久雄にも鈴木と原田の後輩ができた。仕事ができない二人に苛々する久雄。代理店の西条氏に「いい気になるな」と温かく注意され、社長には部下を誉めろと忠告される。1981年9月30日オリンピック候補地として名古屋敗れる。(「名古屋オリンピック」)。
母親に騙され、見合いすることになった久雄。相手の洋子も結婚する気はないらしく無愛想だが。ハイヒールを踵の低い靴の履き替える。1985年1月15日ラグビー決勝戦「同志社VS新日鉄」。(「彼女のハイヒール」)。
久雄は知り合いのカメラマン、デザイナーと共同で事務所を構えて2年。バブル絶頂時で、久雄の生活も贅沢。不動産業を経営している郷田と取引をしている。郷田の孤独感が寂しい。結婚する小倉のためにパーティーを開く。30になる久雄と互いにかつての夢を語る仲間たち。1989/11/10(「バチェラー・パーティー」)。

奥田英朗 イン・ザ・プール
伊良部総合病院の神経科医学博士伊良部は注射が好きで、患者が来るたびにと看護婦のまゆみに注射を打たせる。患者として訪れる人々を、伊良部は独創的な方法で治していく。といっても意図したものではなく、本能のおもむくまま、行き当たりばったりの行動がたまたま上手くいってしまう。
「インザプール」の主人公は腹痛に悩まされて病院内をたらい回しにされた後たどり着く。伊良部にすすめられ水泳をはじめるが、水泳中毒になってしまう。しまいには、休憩時間が我慢できず深夜のプールに二人で忍び込む。しかし伊良部の体が窓枠に挟まり。それに懲りて結果的にプール中毒から開放される。
「勃ちっ放し」のペニスが勃ちっ放しになってしまった男性は、自分が大学病院でインターンたちの見世物になったことに切れて暴力をふるうことで勃起がおさまる。それは、伊良部が妻が実はランパブ嬢だったと診療室でわめき散らしたのを見ていたから。怒る変わりに勃起していたのだ。
「コンパニオン」の自意識過剰で誰もが自分に注目しているんだと思い込んでいる女性は、オーデションで親のコネを使いコンテストに受かるのは当然と無理に予選を通ろうとする伊良部の姿に接して、自分に目覚める。
「フレンズ」では、自信のなさを隠そうと、相手が自分を必要としていると信じつつ携帯メールをのべつまくなし送り続ける若者が、クリスマスイブに声をかけてくれたのは伊良部だけと知り愕然としつつも、看護婦のまゆみの自分は自分という態度を見て落ち込んでいるのが間抜けに思えてくる。
「いてもたっても」の確認行動神経症の放送作家の男に対しては、患者の神経を逆なでしながら、ますます追いつめて結果的にストンと憑き物が落ちたように回復させていく。

奥田英朗 空中ブランコ
空中ブランコ乗りの山本公平は、連続して落下してしまう。新人の受け手のミスと決め付けて非難する公平。相談を受けた伊良部は、単なる興味本位から空中ブランコに挑戦し、最後には本場のサーカスに出て喝采まで浴びる。失敗は、受け手のミスでなく自分の問題(拒否反応)だということに気づく山本。(=「空中ブランコ」)
尖端恐怖症のやくざ。先が尖っているものはすべてが恐怖の対象。短刀どころか箸も使えず、スプーンで食事をしている。血判状を押す場ではとっさに指を噛み切り男を挙げる。妻が敵対する組のシマに店を出そうとしたことで因縁をつけられると、伊良部と待ち合わせて相手の指定した喫茶店に向かうが、伊良部はその相手の男が、刀を持っていないとパニックになるブランケット症候群なことを見ぬく。同病相哀れむで丸く収まる。(=「ハリネズミ」)
池田達郎の義父は大学医学部の外科の学部長なのだが、誰が見てもはっきりとわかるカツラを着けていた。達郎は義父の頭を見るたびに、そのカツラを剥ぎ取りたい欲求に駆られ、ついに抑えられなくなってしまった。羽目をはずすことが治療だと伊良部に言われ、標識に落書きをしていたが、最後には白昼堂々大学の構内で昼寝している義父のカツラをとり写真を撮った後、気づかれぬまま元にもどした。吹っ切れた池田。(=「義父のヅラ」)
東京カーディガンズの三塁手・坂東真一はプロ入り10年目のベテランでゴールデングラブ賞の常連。しかし突然送球のコントロールが利かなくなり大暴投を繰り返す。原因はどうやらイケメンルーキーの存在。伊良部はスローイングイップスだという。歓迎会の帰り、ヤクザにからまれた鈴木を一旦は見捨てようとするが、引き返して救い出す。鈴木に対する気持ちが楽になり、コントロールをとりもどせそうだ。(=「ホットコーナー」)
星山愛子は“恋愛のカリスマ”と言われる女流作家。デビュー8年、30冊以上の著作があるベストセラー作家だが、最近になって、原稿を書こうとすると吐き気を覚えるという症状に悩まされていた。3年前に出版した自信作「あした」が売れなかったことがいまだに尾を引いているらしい。知り合いの映画評論家のさくらが応援していた映画が売れないことを真剣に考えるのを見て、もう一度がんばろうと思う。「あした」を読んだマユミの「私、小説読んで始めて泣いた」という言葉がとてもうれしい。(=「女流作家」)

乙川優三郎 生きる
藩主の後を追って死のうとした又右衛門は筆頭家老から「追腹」しないことを約束させられる。しかし、寵愛されながらどうして死なないのかと責められる、死よりも辛い針の筵の日々が待っていた。娘婿は切腹、なぜ止めてくれなかったかと娘に義絶を告げられる。一人息子も自決し、病弱の妻はやがて逝く。生きるとは汚辱に塗れ、醜態を晒すことなのか。精根尽き果てた又右衛門は家老への恨みつらみをしたためる。が、最後に思い到ったのはむしろ己のふがいなさだった。愕然とした又右衛門は、それ以後堂々と出仕することで、正面から生きることに向き合う決心をする。そして息子の13回忌。しょうぶの季節。ちまきにそえられた筆頭家老の書状には。そしてりっぱにそだった娘と孫との対面。(=「生きる」)
飢饉のさなか百姓に何一つ有効な政策を打ち出さぬ藩に対し意見書を提出するという「大義」のため奉行職を捨て、娘双枝を苦界に投じながら「誇りを失うな」と諭す素平。武士の端くれとも言える織之助に無け無しの金を渡し娘の様子を見させていたが、どうしても苦界から救い出す金を作れぬとさとった素平は、金を手に入れるためかつて奉職していた藩の江戸屋敷で切腹をする。織之助は金を渡そうと双枝を探すが見つからない。その金に手をつけることなく心を入れ替えた織之助は商売を軌道に乗せる。そんな時、双枝に似た娘と出会う。身なりは貧しいが、双枝と同じ決して人から施しを受けまいとするその娘に心をうたれる。双枝はヨタカとして死んでいた。(=「安穏河原」)
致仕して隠居暮らしの喜蔵。結婚も考えていた女中しょうぶを捨て、立身出世して栄達(家老)を獲得したものの満たされぬ空漠感があった。ある日、足軽屋敷の一角でしょうぶと偶然出会う。しょうぶであることを認めない彼女の、貧しいながらも前向きな生き方にふれ、そっとしておこうと決意する。(=「早梅記」)

乙川優三郎 霧の橋
陸奥田村家の勘定組頭の江坂惣兵衛は、小料理屋の女将紗綾(奥津ふみ)を藩の金を横領した武士の娘と知らずに慕っていたが、同役の林房之助に正体を知らされて戸惑う。しかし、夫婦になる気持ちにかわりないと言い張る惣兵衛を房之助は逆上し殺してしまう。出奔した房之助を追う惣兵衛の次男・与惣次は7年後無事仇討を果たして帰国するが、兄の公金横領が発覚し末に切腹により江坂家は断絶。与惣次は国外追放となる。
刀を捨てた与惣次は、浅草田原町で、家付きの娘おいとを娶り、商人紅屋惣兵衛として第二の人生を送っていた。小さな商人をのみこもうとする大商人勝田屋のあくどさに抵抗を決意する惣兵衛(与惣次)。それを助ける妻、そして忠実な手代、同業の秋葉屋の隠居。彼らの協力を得て勝田屋の謀略を止めることができたが、勝田屋の放った刺客を返り討ちにあわせると、武士としての惣兵衛を、仲間たちは一線を画そうとする。さらに愛しい妻まで、彼の過去の秘密を語らないことに不信を抱いたのかよそよそしい。
そんなとき、奥津ふみから、「惣兵衛の父が殺されたのは自分のせいであるから、仇を討つなら来て欲しい」という伝言を受け取る。しかしその文面には17年間ひたすら父を慕い思い続けた気持がこめられていた。霧のかかった橋での惣兵衛とふみは出会う。一時は刀に手がいったが、ふみの父への愛の深さを知り,「父のためにも強く生きて下さい」と持ってきた父の刀を預け立ち去る。このとき惣兵衛は武士への決別をはっきりさせた。そして惣兵衛を心配して秘かに後を付けてきたおいとに気づくと、強い絆を確認する。

折原一  行方不明者
埼玉県蓮田市で名家・滝沢家の一家四人が忽然と姿を消す。教師の隆太郎と生保の外交をしている美恵子の夫妻、数年ぶりに帰ってきた娘の夏実、それに祖母のよし子だ。食卓には暖かい朝食、妻の美恵子はパート仲間と旅行に出かける直前であった。この一家行方不明の数年前、底なし沼と伝えられる黒い沼をはさんだ向い側にあるやはり名家の吉沢家でも、一家が惨殺される事件が起きていた。こちらも、夫婦と娘、祖母が被害者だった。
滝沢家の失踪事件に関心を持ち、調査をはじめる女性ライターの五十嵐みどりは、滝沢家のかかえている問題、美恵子の浮気、よし子の新興宗教、夏実の不倫を知る。そして、この失踪事件と並行して戸田市で起きた若い女性ばかりが狙われる連続通り魔事件。ある日、売れない推理作家の吉田智明は、電車の中で女装した男性・里美大介に痴漢だと詰め寄られ殴られたことから、この男が通り魔事件の犯人ではないかと疑う。
通り魔事件のことを小説として書き進める智明は、大介の異父兄弟の妹こそが犯人だと確信し、妹のあとをつけその家に乗り込む。そこが滝沢家で、一家が失踪する前日だった。智明は、大介を殺したことを告げ、夏実が通り魔事件の犯人だということを小説に書くことを告げるが、潜んでいた祖母のよし子に頭を強打され殺されてしまう。その数ヵ月後、みどりは、伊豆で死体として発見された祖母以外の3人が滝沢家に戻っているところに訪ね、吉沢家を襲った犯人が夏実であることを突き止める。
夏実が不倫していたのは吉沢で、子供も死産させて恨みがあった。以来、吉沢家を惨殺しただけでは満たされず、若い女性を襲っていたのだ。みどりは隆太郎たちに捕らえられるが、夫に助け出される。殺された智明の母が原稿を仕上げて出版社にもっていく。

恩田陸  六番目の小夜子
地方都市の進学校。ここには十数年にも渡って続いてきた不思議な伝統があった。卒業式の日、卒業生から在校生へと密かに手渡される古びた一つの鍵。3年毎に、鍵を受け取った者が<サヨコ>となって、正体がばれないように数々のイベントを成功させなくてはならない。そのイベントの出来映えが、その年の吉凶を決定する。今年は<六番目のサヨコ>の年。1学期の始業式の日、3年10組の教卓には古びた花瓶に生けられた真紅の薔薇が飾られていた。それは今年の鍵を受け次いだものが<サヨコ>を行う印。それを見た、鍵を受け継ぎ自分こそが<サヨコ>だと思っていた加藤は愕然とする。
同じ日、津村沙世子という名の美少女が、10組に転入して繰る。沙世子と仲良くなる花宮雅子、雅子と両想いになった同級生の由紀夫、その友人で成績優秀の関根秋(病気で長期入院を余儀なくされた加藤から鍵を渡される。秋の兄も何年か前の<サヨコ>だった。)は、いつも四人で集まっては高校生活を楽しんでいた。その年の学園祭での実行委員による出し物は、「六番目の小夜子」という呼びかけを全校生徒で行うといったものだったが、突如発生した竜巻によって中断される。
その年のサヨコは終わったかに見えたが、釈然としない秋は、実行委員長の設楽と部室でサヨコについて調べはじめる。謎だらけの伝説の行事と、不思議な魅力を持つ沙世子。沙世子が絡むいくつもの奇妙な事件。交通事故で死んだ<二番目のサヨコ>も津村沙世子という名前だったが、その碑は文化祭のときの竜巻によって破壊されていた。秋は「小夜子」の存在自体に疑問を抱き、その謎を探り始めるのだったが。秋を慕う女生徒に部室があるから秋が振り向いてくれないのだと吹き込むことで休日の部室に火をつけさせた沙世子。たまたま学校にいた秋が火事に巻き込まれるが、「もう一人の小夜子から守るために」と勇敢に秋を助けだす沙世子。
沙世子は、担任の黒川に手紙で鍵を送られていたことが語られる。沙世子と秋は難関のK大学へ、雅子と由紀夫は地元の国立大学へすすむ。卒業式の日、自分のもとによってきた知らない女生徒にそれとなく鍵をわたす沙世子。女生徒はそれが何か知らない。

恩田陸 夜のピクニック
北高の全校生徒が参加して夜を徹して80キロの道のりを歩く歩行祭。西脇融と甲田貴子にとっては高校生活最後のイベントだった。生徒たちは歩きながら、親しい友達と心を通わせながらゴールを目指す。
貴子は歩行祭で、一つの賭けを胸に秘めていた。融に話しかけてもし返事をしてくれたら・・・・。融は貴子を心のどこかで妬んでいた。貴子は融の父が不倫でもうけた子供だった。初めて顔を合わせたのは高校へあがる前の年、胃癌で死んだ父親の葬式のときだった。社長として成功していた母親と彼女に育てられた貴子の存在は、とうてい融には許せない存在だった。それが偶然同じ高校(進学校)にすすんでしまった。二人が異母兄弟だということは誰も知らない。それでも融の親友戸田忍は、二人がお互いを意識しあっていること、二人が外見や性格が似ていることを見抜いていたが、まさか二人が兄弟であることまでは気づいていなかった。
そんな貴子のもとに、アメリカに転校した親友の榊杏奈から手紙が届いた。歩行祭に出られないことを残念がっていたが、手紙の最後に「去年おまじないを掛けといた。貴子たちの悩みが解消して無事ゴールできるように」という言葉があった。貴子には何のことか心当たりはなかった。日が暮れ始めたころ、貴子が親友の遊佐美和子と並んで歩いていると、目の前に突然、北高の生徒たちと同じジャージを着た、見知らぬ少年があらわれた。杏奈の弟の順弥だった。去年の歩行祭でも北高にいない子が一緒に歩いていたと騒ぎになったが、この順弥だったのだ。順弥は、「姉ちゃんの好きな人の顔を見にアメリカから来た」と言った。そして、「姉ちゃんの好きな人は親友の兄弟だと聞いたことがあるから、きっと貴子か美和子の兄弟に違いない」とも言った。融との関係が美和子に感づかれてしまうことを恐れる貴子。
夜になって突然テンションのあがった高見光一郎は、融の誕生祝いをしようと缶コーヒーを買ってきて忍や貴子たちに渡していた。しかし、目の前で内堀亮子が融に誕生日のプレゼントを渡し、肩を並べて歩くのを見ると、しばらく待つしかなかった。それでも、融が解放されると、やっとみんなで乾杯することができた。暗がりの中で、「誕生日おめでとう」いつのまにか貴子はそう言っていた。「ありがとう」静かな声が返ってきて缶がカチリと触れ合う音がした。一瞬のことだった。貴子は賭けに勝ったのだ・・・。
行程の途中にある体育館で4時間の仮眠をとることになったが、寝入りばな美和子から突然、自分と杏奈は、貴子が融と兄弟だということを知っていたと明かされる。去年の連休のときに貴子の母親から聞いていたという。最後の20キロは自由歩行で、誰とゴールするかが重要だった。融は忍とゴールを目指していたが古傷のひざをかばいすぎて、残り10キロのところで捻挫してしまった。救援バスにはのりたくない。そこに、貴子と美和子が通りかかる。荷物を分担することにして、再び歩き始める。そこにまた順也があらわれて、「貴子の兄弟が同じクラスにいることがわかった」のだと、忍の前で言ってしまう。二人の関係に気づく忍。なぜ教えてくれなかったのかという忍に「家庭の恥だったから」と答える融。きっと杏奈は、順也の性格を知って爆弾として送ってきたのだと貴子は思った。これがおまじないだったのか。
あと残り8キロのところで今度は、一緒にゴールしようと亮子が融を待ちかまえていた。それを見ていた高見は、「恋行く路を邪魔するものはと」勘違いして、二人の間に入って融から離してくれた。静かに話す融と貴子。一言も口を聞かないまま離れ離れになるものと思っていた二人は、こうして話しているのが信じられなかった。貴子の家に行くことを約束する融。ゴールの校門で待っていた順弥は、融と忍ぶのあとから貴子と美和子の姿がみえると、一目散に駆け出した。名前を呼びながら。
*ほかに、従兄弟を妊娠させた犯人探しをする古川悦子(忍はその従兄弟の相談相手になっていた)、優等生同士のカップルだが目的を失った美和子と芳賀清隆のカップル、茶のみ友達だという貴子と芳岡祐一の関係。
*物語は、融と貴子の視点で交互に語られる。最後は順弥の視点。


海堂尊  チーム・バチスタの栄光
東城大学医学部附属病院は、米国での華々しい実績を持つ心臓移植の権威、桐生恭一を臓器統御外科助教授として迎えた。彼が構築した外科チームは拡張型心筋症の肥大した心臓を切り取って小さくするという心臓手術の代替手術、バチスタ手術専門の通称「チーム・バチスタ」として手術成功率100%、26連勝という輝かしい実績を誇り、「チーム・バチスタの奇跡」「グロリアス・セブン(桐生恭一助教授、第一助手の垣谷雄次講師、第二助手の酒井利樹助手、麻酔医の氷室貢一郎講師、臨床工学士の羽場貴之室長、看護師の大友直美、桐生の義弟で病理医の鳴海涼助教授の7人)」と賞されている。
しかし、その「チーム・バチスタ」による手術で、3例立て続けに「術死」が発生。桐生を招聘した高階病院長は、この術死の連続発生に疑惑のを感じ、神経内科の窓際万年講師であり「不定愁訴外来」を担当する田口公平に、チームの内部調査をさせることにする。渋々この調査を引き受けた田口だが、メンバー一人ひとりの聞き取り調査を行ううちに、完璧なように見えたメンバー間の連携が実は危ういものであったことを感じる。調査中に行われた少年ゲリラ兵士の手術は成功するものの、次に行われた手術は完璧に思われたものの失敗。
単なる手術ミスではない「異様さ」を感じた田口がリスクマネジメント委員会を招集した日の朝、田口の前に、厚生労働省の役人で、「医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室」室長の白鳥が現れる。高階病院長が田口への調査協力を要請したのだ。
身につけた高級スーツが似合わず、「ゴキブリ」のような印象の白鳥は言動も奇抜で、相手を挑発する発言などから弱みや痛いところを突っ込んでいくことによってその人の本性を明らかにしていく「アクティブ・フレーズ」の必要性を諭し、再度バチスタメンバーへの聞き取り調査を行うことになる。田口の調査(「パッシブ・フレーズ」)とは違うメンバーの人間性が浮かび上がり、桐生を苦しめる緑内障や米国での過去も明らかにされる。
栄光の「チーム・バチスタ」の実像を掴みかけた矢先、突然の患者の発作により1日早く緊急のバチスタ手術が行われる。犯人がまた殺人を犯すと確信した二人は手術中止を求めるが、手術は行われ失敗する。そこに駆けつけた白鳥は真相解明のため遺体へのMRIでの画像診断を主張する。それにより脳幹近傍への劇薬注入による出血変性が死因だと判明する。犯人は麻酔医の氷室だった。氷室は「ヒトの天命を捻じ曲げようとする医療行為は傲慢だ」と「初めて患者が死んだときの興奮を味わいたくて娯楽のために患者を殺した」のだ。
事件後病院はマスコミからの追求を受けるが対応の迅速さ、田口の記者会見での誠実な答弁などから評価を得るようになる。田口はリスクマネジメント委員会委員長に任命される。桐生は米国に戻り後進の育成に取り組むことになる。

垣根涼良  ワイルド・ソウル
1961年、外務省移民課の移住計画を信じて衛藤一家等は移民船でアマゾンに向かったが、そこには、灌漑排水設備も、入植者用の家も、開墾済みの畑もなく、死ぬこと以上の辛酸を舐めることとなった。日本政府、ブラジル政府ともに、実態を知りながら入植者からの訴えを黙殺し、日本からの送金を着服し私腹を肥やす者もあらわれた。一人また一人と泥のように死んでいくか、行く当てもなく離散するしかない移住者たち。それは、移民事業とは名ばかりの、戦後の食糧難に端を発した棄民政策だった。
黄熱病で妻と弟を失い首をくくろうとした衛藤は、仲間の野口に助けられるが、入植地を離れた衛藤を待っていたのは、地の底を這うような苦労だった。そんな中、金鉱の採掘現場で盗賊に砂金を奪われ膝をつぶされた衛藤は、レバノン人のハサンという男に救われる。「誰かから受けた恩はいつか他の誰かに返す。そういう風にして、世界は繋がってゆく」というのがハサンの信念だった。青果市場での仲買人の仕事を紹介された衛藤は、持ち前の勤勉さで事業を拡大していく。
10年後、心の整理のできた衛藤は再び入植地へ向かうが、彼を待っていたのは、「ヤッキニーン、シーネ!(役人、死ね)」と叫ぶ野生の少年啓一(野口の遺児)だった。骨の髄までしみこんだ外務省の役人への恨み。衛藤は、かつて自分を助けてくれた娼婦と夫婦になり啓一を育てることにする。
そして2001年、衛藤の巨大青果市場を継いだ啓一は日本の地を踏む。迎えた初老の男山本は、衛藤を恩人と崇めるかつて採鉱場で知り合った男だった。そしてもう1人の仲間、ジュエリーショップ店長を装う日系2世のコロンビア人・松尾。命からがら入植地から逃げ出す途中で父も母を亡くすが、麻薬シンジケートに拾われて育てられたのだった。啓一にとって唯一の幼な馴染みである松尾を探し出したのは衛藤だった。老いて病にふせる衛藤は、この3人に日本国家への復讐を託した。
復讐の第一弾は、早朝の外務省の仮庁舎にアマゾン移民政策を糾弾した垂れ幕をかけ、人気のない窓を狙ってのサブマシンガン乱射。その襲撃の様子を取材した、アナウンサーから記者へ転向したがお荷物になっていた貴子の迫真の取材姿勢は、視聴者から評価され番組の視聴率は新記録を達成した。しかし貴子はやがて、サブマシンガンの男が自分と愛を交わしたブラジル人であったこと、彼が犯行後に投げた桔梗の花は、貴子の気を引くためだったということに気づく。良心の呵責に身を押しつぶされそうな貴子。
やがて、当時の移民政策に関わっていた三人の男が誘拐される。警察と報道関係に送られた手紙は、3人の命と引き換えに首相の謝罪を求めていた。期限は1週間。5日目、しかし、Nシステムの解析から3人が樹海に拉致されていることを突き止められると、取材に向かう貴子を送り出した啓一は、予定通りブラジルへ帰る。
逃亡の途中でくも膜下出血で成田で倒れた山本は、意識が戻った病室で自分が警察に監視されていることを知り不自由になった体をおして投身自殺する。松尾は彼の不審な行状を探っていたマリオに殺されそうになるが、時速300キロの車とともに首都高を海に向かってダイブする。マリオは死に、松尾は脱出する。事件は解決し、記者会見で首相は遺憾の意を表明する。「今の発言は、外務省の過去の過ちをお認めになるということでよろしいんですね」という最後の質問をする貴子。
半年後、テレビ局を去る貴子。事件から1年後。啓一の招待を受け、ブラジルへ渡った貴子は啓一から結婚を申し込まれる。

垣根涼良 君たちに明日はない
山下真介は、社員15人足らずだが日本を代表する大手企業のリストラを請負う「日本ヒユーマンリアクト」の面接担当者。真介自身も広告代理店時代にリストラの対象となり「日本ヒユーマンリアクト」の高橋という男に面接を受けその後スカウトされた過去を持っている。
強気で可愛いい年上の女に弱い真介は、「森松ハウス」で自分が面接した、プロジェクトを立ち上げた矢先にリストラ候補になった8才年上の女性・陽子と深い関係になってしまう。「森松ハウス」で面接した平山という支社長には不正の接待費・不倫という調査結果をつきつけリストラに応じさせ再就職支援会社を紹介するが、街で暴力をふるわれることに。銀行に勤める高校の同級生・池田と面接した真介は、現在の会社では飼い殺しだと、同じく真介の同級生・山下の勤めるM&Aの専門会社に推薦する。二人の音楽事務所プロデューサーのどちらかをリストラしたいと相談を受けた真介は、ミュージシャンにアンケートを実施する。最後の質問は、「今のプロデューサーが会社を移ったとしたら彼に着いていきますか」というものだった。その後、陽子はプロジェクトの成功から、業界団体の事務局長に推される。ほかに、ゲーム会社に勤める無邪気な開発者、八方ふさがりのイベントコンパニオンの話など。連作形式。

垣根涼良 午前三時のルースター
長瀬は旅行会社の営業マン。顧客であるナカニシジュエリーの社長・中西栄吉から、高校生の孫・慎一郎をベトナムに連れていってほしいと頼まれる。4年前にベトナムに現地法人の設立準備に行った慎一郎の父親(社長の娘婿)が、そのまま行方不明になっていたのだ。そして母親には今、再婚話が進んでいる。父親を失ったことによる感傷旅行かと思われたが、家族には内緒だからと慎一郎が長瀬に見せてくれたビデオには、ベトナムのベンタン市場で魚を売る慎一郎の1年前の姿が映っていた。
さっそく半年前までテレビ局に勤めていた高校の同級生・源内に頼みビデオを撮ったクルーに接触すると、彼らは撮影したフィルムを狙う男たち襲撃され危うく命を落とすところだったという。ぜひ同行したいという仕事のない源内を入れた3人はベトナムに渡るが、予約したホテルやガイドは何者かによってキャンセルされていたため、急遽、車(ブルーバード510)を究極にまでチューニングしたタクシー運転手のビエン、英語のできる娼婦のメイをガイドとして雇うことに。翌日、ビデオに映っていたベンタン市場に向かうが、そこで何者かに狙われる。男たちはキャッツクラブという組織の人間たちではないかと、メイたち娼婦が加盟しているユニオンの男・デンは言う。長瀬たちはホテルにキャッツクラブを誘き寄せようと情報を流すが、逆に、デンたちユニオンの連中はキャッツクラブの襲撃を受けてしまう。デンと一緒にいたクリスと呼ばれる女が殺されそうになったの見てとっさに源内は助け出すが、クリスは慎一郎の顔を見て「ナカニシ?」と声をかける。キャッツクラブから逃げるためにその場を去らざるをえなかったが、クリスの言葉が気になった長瀬たちはクリスを待ち伏せしてこれまでのいきさつを話す。クリスに連れて行かれたユニオンのアジトは、キャットクラブに襲われた直後だったが、襲った人間は地下に捕らえてあると言う。そのアジトで対面したユニオンのボスこそが慎一郎の父親だった。そしてユニオンを襲撃して捕まった男たちの中に中西の会社で見たことのある赤水会の男を見つけた長瀬は中西に電話し、慎一郎が父親に会うことを妨害していたのが中西だと言うことを知る。慎一郎には言わないでくれと懇願する中西。
4年前ベトナムに来た慎一郎の父は、「動かせる明日がここにはある」と、今までの自分を殺して一から出直そうと決心する。商談のために用意した資金を元手に、知り合った娼婦のクリスと事業をはじめ、今ではユニオンを運営しつつ骨董品売買の事業を拡大させている。慎一郎がしっかり育ってくれたことも、過去を捨てることに憂いを残さなかったのだと言う。成田から長瀬の車で帰る途中、別れ際に父から貰った、何かあればこの時計を金に替えろと渡された時計を川に投げ捨てる慎一郎。

方波見大志 削除ボーイズ0326
小学6年生のグッチ(川口直都)は、美容院を経営する母と、引きこもりの兄と、うるさい妹の3人暮らし。幼馴染のハルは1年前の事故以来、車椅子の生活に。その事故の責任を感じて引きこもりになってしまった兄。かつてクラスのリーダーだったハルに昔の人気はなく、社長の息子を鼻にかけた種村がハルにとってかわろうとしている。いまハルと一緒にいるのは、グッチと、小学生なのに株取引をしているコタケだけ。
ある日、クラスで浮いていた女生徒・浮石が高校生に絡まれているのを助けたグッチは、フリマをやっているおじさんからデジカメのような機械をもらう。「対象に起きた出来事を削除」できる機械(「KMD」)だという。最初は信じられなかったグッチだが、家に帰って深爪をしてしまったことを取り消そうとKMDを使うと、一瞬、世界が暗転したあと深爪はすっかり治っていた。しかし、妹がKMDを落としてしまったために、一緒に消えるはずの記憶が戻ったり、取り消せる時間が5分から3分20秒に変わってしまう。この時間はその後、だんだん短くなることに。
それでも、コタケの父親が株取引で失敗してコタケが転校しなければなくなると、取引をなかったことにするためにKMDを使い成功する。しかしこの時、コタケが引越しのことで自暴自棄になってウサギの鍵を開けっ放しにしていたため野犬に殺されていたという過去も消滅し、ウサギは生き返っていた。1人のほんの少しの時間を削除するだけで、多くの人に影響を与えるという影響の大きさに気付くグッチたち。そうしたことに危険性を感じるようになったハルの提案でKMDを封印することに。一番安心と考えた、引きこもりの兄に預けるグッチ。しかしグッチの兄はある日、グッチの目の前で屋根から飛び降りて自殺してしまう。
グッチと浮石は、兄を生き返らせようと兄に預けていたKMDを使うが、自殺のきっかけとなった消さなければならないほんとうの瞬間がいつか分からない。それを探しているうちにグッチは兄の犯した罪に行き当たる。1年前にこの町をおそった小学生連続誘拐事件。誘拐され解放された子供たちの体に番号が書かれていたというものだったが、アイデアを与えたのは兄だった。誘拐犯を捕まえようとした兄に巻き込まれてこの時ハルは事故に遭う。KMDを預かっていた兄もこの装置を使っていたらしく、歪はますます大きくなり、誘拐事件は殺人に発展し、ハルは立って歩けるようになる。
ハルにはかつての傲慢さが表れ、グッチとも以前のような信頼関係ではなくなる。KMDを使うたびに、世界は変化し、記憶は入り混じってくる。最後に、この機械を手に入れた瞬間に戻そうとするグッチ。そうすれば、犯罪者の兄は助かるけど、ハルは再び車いすに戻ることになり、グッチが知っている浮石とは別れることになる。KMDによって本来の人生に戻す。その人生がどんなにつらいものであるとしても。

加藤廣  信長の棺
天正16年6月2日、安土で本能寺の変の報せを受けた太田信定(牛一)は、信長から託された五つの木箱を守るために乱を逃れて生家の西□寺に木箱を隠すと、柴田勝家の援軍を求めるために越前に向かう。しかし途中で何者かに拉致され能登に幽閉されることに。一年後、幽閉を解かれた牛一は、豊臣秀吉に仕えてその栄達の記録(「大かうさまくんきのうち」など)を執筆しながら、主君・信長の業績を書き溜めていた。
そんな折、秀吉から信長の十七回忌に間に合うようにと「信長記」執筆の依頼がくる。 しかし秀吉が求めたのは、自分の残虐非道を隠すために信長の残酷な面を暴き立てた伝記だった。秀吉は内容に逐一口を出し牛一の書いた元の姿はどんどん歪められていく。打ちひしがれる牛一だったが、彼には成し遂げなければならない最後の仕事があった。それは信長の遺骸を探すことだった。燃え落ちた本能寺の灰燼の中から信長の遺骸は発見されていない。やがて、信長が小勢の供回りを従えただけで防備もない寺へ宿泊していたのは、敵に襲われても秘密の地下道を通って南蛮寺へと逃れることができることを知っていたためだとわかる。
しかし信長主従は南蛮寺に辿り着くことができなかった。本能寺の変の翌日、南蛮寺から地下道に入った、信長の異母弟で阿弥陀寺・清玉上人は、通路を遮断していた早乾きの漆喰で造られた頑丈な柵を発見する。柵を取り除くと憤怒の形相で絶命している信長の遺骸が。清玉上人はそれを大切に持ち帰り、手厚く埋葬したという。
本能寺の地下道に足止めの柵を築いたものは誰か。それは明智光秀をそそのかして謀反へと導いていった首謀者でないのか。
真相解明の糸口は、牛一に預けられた女・楓(丹波の忍び)の里で見つかる。秀吉は濃尾の出身ではなく、丹波を出て濃尾に移った都からの落ち人の子孫だというのだ。丹波の「山の民」だからこそわずかな時間で柵を作らせることができた。桶狭間も本能寺も秀吉の情報と陰謀によるものだと牛一は確信する。
信長から託された木箱の中身は、朝廷に献上するための黄金だった。

香納諒一  幻の女
栖本誠次は、将来を嘱望されたエリート弁護士だったが、裁判で冤罪を勝ち取った男が釈放後に強姦殺人事件を起こし逮捕された事件がもとで、挫折し、同時に離婚も経験して、今では個人弁護士事務所を開業している。その彼が、裁判所からの帰り道で偶然、5年前に栖本の目の前から消えた女性、小林瞭子とすれ違う。瞭子は急いでいると言って立ち去るが、その翌日、瞭子は死体となって発見される。しかも、殺される直前、栖本の事務所の電話には「弁護を引き受けてもらいたいことがある」とメッセージが残されていた。
かつての恋人の死の背景を追い始める栖本。手がかりを求めて彼女の故郷を訪ねるが、そこにはまったく別人の少女時代があった。愛した女は誰だったのか。やがてタレコミにより犀川興行の黒木という男が瞭子を殺害した犯人とされるが、黒木は瞭子に刺されて死んでいた。痴情のもつれとして事件は解決されようとしていたが、納得がいかない栖本は、瞭子のクラブで働いていた佐代子や、不祥事を起こして警察を辞め今は興信所の所長をしている清野とその息子の協力で調査を開始する。しかし、瞭子のアパートで手がかりを探していた時に何者かに襲われ事件に近づくなと警告を受ける。
やがて、瞭子が隠し持っていた新聞の切抜きから、犀川興行の廃棄物処理場がある瀬戸内海の町で起きた山岸という土地ブローカーがひき逃げ事故で死んだ事件と、工場誘致を推進していた市役所の開発課長・渥美嘉信の白骨死体が発見された12年前の事件と関係があることが浮かび上がってくる。瞭子は死ぬ2カ月前に、偶然、瀬戸内海の廃棄物処理場にからんでいた人間が店にきたことから、自分の父親・渥美嘉信の巻き込まれた過去を探ろうとして、犀川興行の人間に殺害されていたのだ。
瞭子(渥美真沙未)の殺害を知り動き出した、真沙未に瞭子の戸籍を与えた宇津木組の組長宇津木大介の未亡人薫子とその子分の柳田と西上。瞭子のアパートで栖本を襲ったのは柳田だった。この町の元市長で国会議員になっている男をたずね、犀川興行組長の排除を約束させた薫子だったが、栖本から西上こそが犀川の手先となって瞭子のアパートに手引きした人間だと指摘されると、西上を警察に引き出すことを認める。
事件が解決したある日、柳田が栖本の家に手紙を置いて立ち去った。瞭子からの遺書代わりの手紙だった。自分が、弟が刺した父親を山の中に運んだことから、戸籍を手に入れたことも含めて洗いざらい警察に自首することがかかれており、もし栖本がこの手紙を読むことがあれば、それは自分が刑務所にいるか運がよければ殺されているはずだ、と書かれていた。

香納諒一 餐の夜会
犯罪被害者家族の集いに出席したハープ奏者の木島喜久子と主婦の目取真南美が、その帰り道に東中野の路上で殺された。喜久子は両手を切断され、南美は後頭部を割られていた。顔見知りの犯行とみた警視庁捜査一課強行班の大河内茂雄は、参加者名簿に、弁護士の中条謙一の名を見つける。中条は19年前、同級生の首を切り取り学校の校門に載せた当時14歳の少年だった。
そして遺体確認に来た南美の夫目取真渉。彼は、住んでいた部屋に指紋ひとつ残さず行方をくらましてしまう。勤め先とされていた会社の実質的なオーナーは暴力団組織「共和会」だった。しかも、目取真渉の捜査についてはわれわれが引き取ると、公安部参事官で従兄弟の中園龍介が乗り出してきた。せめて合同捜査にしたいという大河内の申し出を理由なく拒絶する中園。やがて、目取真渉には復帰前の沖縄で幼い南美に悪戯しようとした米兵を殺したことから逃亡の末に流氓の組織に入り、共和会系根津興業からエリート銀行員だった古谷光彦を交渉役に、スナイパーとしての仕事を受けていたという事実が明かされる。南美は知ることはなかったが、犯罪被害者家族の会に入るきっかけとなったチンピラの兄・剛を殺したのも目取真渉だった。その剛が事件に巻き込まれた政治家への献金がからむ画商黒木の殺害、根津興業の新谷英治を動かした広島県警の悪徳刑事谷川の殺害など、中園の属する警察組織が裏で動いていた過去の事件に蓋をするために目取真渉から手を引けと強要していたのだった。
19年前、中条少年の精神鑑定にあたった心理学者・渡会の教え子田宮恵子は、中条が渡会に「先生、魔物は別にいるのですよ」と「透明な友人」がいたことを告げていたこと、中条は洗脳によって何者かにコントロールされていたことの可能性を大河内に語る。
「情報チャンネル」に木島喜久子の切断された手首の写真が載ると、根津興業を経由して犯人と名乗る男と目取真渉・古谷はネットを介して接触を持つ。根津興業の新谷の差し金で目取真渉は負傷し、自分を助けにきた古谷を殺させてしまう。「情報チャンネル」に写真を提供したのがかつて猫の死骸をネットに乗せたことのある渋沢でないかと自宅に乗り込むが、渋沢は手首を切り取られて殺害されており、手首の置かれていたパソコンが目取真渉・古谷と接触していたパソコンだとわかる。やがて渋沢の家に中条の指紋が残っていたことを知らされた大河内は渋沢殺害の逮捕状を取り中条の事務所に踏み込むが、中条は自分の秘書を人質に人ごみに逃げようとする。手を出せない大河内。それを遠くのビルから一発で仕留める目取真渉。その時中条にのどを斬られ大河内は腹心の部下・横山を死なせてしまう。
同じ日、大河内は中園を尋ねて広島県警時代の事件を問い詰めるが、中園は自分が新谷との接点になっていたこと、警察という組織を守るためには仕方なかったことだと、大河内の目の前で夜の隅田川に身を投げてしまう。「すまんシゲ」と言い残して。新聞記者に匿名で内部告発をしていたのは中園だったのに。大切な部下と従兄弟を失い、刑事を辞めようと娘を亡くしてから2年間会うこともなかった妻の聡美を尋ねしばし事件のことを忘れるが、テレビに出演した直後に田宮恵子が行方不明になった連絡を受けると現場に戻っていく。
中園に指示をした上司・津島から「透明な友人」の正体を聞き出そうと廃ビルに連れて行くがそこに現れた目取真渉に捕らえられてしまう。そこに目取真渉の命を狙う共和会の襲撃者があらわれ銃撃戦になるが目取真渉と大河内は生き残り津島は撃ち殺される。共通の敵「透明な友人」を捕らえるために協力する目取真渉と大河内。田宮恵子は犯罪被害者家族の集いの代表・神足充三郎が「透明な友人」だと気がついたが、逆に神足が住職を務める寺の要塞のような共同墓地に監禁されていた。神足こそが人望の厚い保護司としてかつては少年院時代の中条の教護を勤め、警察の情報を掴んでいる「透明な友人」だったのだ。犯罪被害者家族の集いで偶然中条を目にした神足は、中条に触発されて二人を殺害し、その跡は中条や渋沢を操っていたのだ。
神足こそ犯人だと神足の寺にたどり着いた大河内たちだったが目取真渉は神足の部下に撃たれて負傷したため、大河内一人で共同墓地に向かうが神足に撃たれそうになる。それを救ってくれたのが瀕死の目取真渉で、彼は神足を殺したことを大河内に確認すると息を引き取り、田宮は助け出される。自分のアパートで待っていたのは聡美だった。
「深淵を覗き込む時その深淵もこちらを見つめているのだ(ゲーテ)

鏑木蓮 東京ダモイ
1947年。極寒シベリアの捕虜収容所(ラーゲリ)で、日本刀のようなもので一刀両断にされた鴻山中尉の死体が発見された。ロシアの軍隊によって捜査されたが、凶器はどこにも見つからなかった。
それから60年たった2005年。高津耕介という一人暮らしの老人が、句集を出したいと自費出版専門の出版社に連絡してきた。担当になった槙野は、高津を綾部(京都)の山奥のログハウスに訪ね、部数は少なくても宣伝に力を注いでほしいという要望を聞く。書きかけの原稿を読んだ槙野は、俳句とともに綴られているシベリアの捕虜収容所での悲惨な日々に興味を覚える。やがて原稿が完成したと言う知らせに再び高津を訪ねるが、そこには、火急な用事で出かけなければならなくなったという置手紙と、切り抜かれた新聞が残されていた。後にそれが、終戦後にロシアからの引き上げ船が辿り着いた舞鶴港で、ロシア人女性が水死体で発見された記事だったことを知る。槙野は、舞鶴の刑事から、高津が来てロシア人の死体を見て号泣していたことを知らされるが、そのまま消息を絶ってしまう。ロシア人女性はマリアという捕虜収容所の看護婦で、鴻山秀樹(鴻山中尉の孫)によって日ロ交流というかたちで招待されていた。その鴻山もまた消息を絶ち、後に死体で発見される。
槙野と上司の晶子は残された原稿を何度も読み返し、高津が、捕虜収容所時代に俳句仲間だった5人の中の一人が犯人だと知り、それを本人に諭すために句集「中尉の一首」を出版しようとしていたと推理する。
捕虜収容所で鴻山中尉を殺害したのは5人の中でリーダー的な存在だった川崎で、彼は鴻山が物資の横流しをしていたこと、マリアと深い関係になっていたことから、ゲートルを日本刀のように凍らせて殺害していたことが明かされる。川崎は、マリアが中尉殺しの犯人を鴻山の家族に知らせるために日本にやってきたことを知り、これを殺害し、次に高津も殺していたのだった。
川崎は復員後、薬剤師を経て有名な老人ホームの事務長になっていた時の人で、名前も富岡と変えて鴻山秀樹の日ロ交流に資金援助をしていた。高津は、同じ出版社から富岡が本を出していたため、必ず目にすると思って槙野に広告に力を入れてくれと注文をつけていたのだ。富岡の老人ホームの菜園から旧日本軍の骨壷(人間地雷)の破片が見つかる。それは、高津の体の中に入っていた破片だった。ダモイは帰郷という意味。

神山祐右 カタコンベ
新潟のマイコミ平で大規模な鍾乳洞が発見され、関東のケイビング(洞窟探検)クラブを中心に調査を行うことになった。先に入洞し事故にあったケイパーが洞窟の中で撮影した写真の中に、ヤマイヌの頭骨があったことから、鍾乳洞の中に絶滅したはずのニホンオオカミが生息している可能性も高まる。
T大学大学院生である水無月弥生は、研究指導助教授である古生物学者の柳原史郎の誘いで調査に参加することを決意する。雨の中、弥生や柳原たち5人の第1アタック班は、地崩れの危険性が高まる中で洞窟の調査を強行するが、竪穴へ下りる途中に崖崩れが発生し、5人は洞窟の底まで落下してしまう。
5年前、マイコミ平に隣接するヒスイ鍾乳洞の洞窟で潜水中にスキューバーの先輩だった弥生の父親を見殺しにしてしまった(水中でパニック状態になった東馬に自分のタンクを加えさせて助けてくれたのが弥生の父でそのまま行方不明)ことを悔やみ続けていた東馬亮は、単独でヒスイ鍾乳洞からのルートで弥生たちの救出に向かう。
竪穴が水没するまでのリミットは5時間。途中濁流に飲まれ装備の多くを失いながらも、東馬は弥生たちを見つけたが、溢れる水と寒さ、そして怪我と獰猛な犬の襲撃に悪戦苦闘する。
途中で見つけた2体の白骨死体(他殺)から、この鍾乳洞に10年前に入った人間がいたことを知る。そのころ捜索隊の本部に刑事が現われ、遭難したアタック隊の中に拳銃を不法所持した男がいることが知らされる。その男は霧崎で、洞窟内で発見された白骨死体が表沙汰になるのを何としても阻止したい助教授の柳原に白骨死体の2人を殺害したことを認めさせ、敵をうつ目的でアタック隊に参加したのだった。白骨死体は、霧崎の姉とその友人だった。追い詰められた柳原は、弥生を人質に東馬と霧崎の自由を奪うが、格闘の末東馬にナイフで刺されると観念してピストルで頭を打ち抜いて自殺する。
東馬の捨て身の判断で水没寸前にヘリで救出される弥生と霧園。覚悟を決めて最後に残った東馬は、洞窟の中で襲ってきた犬に身構えるが、その犬(ニホンオオカミだと思われえいたのは、霧崎の姉が連れて行った犬だった)に誘われるようについていくと、空洞の壁によりかかって座る白骨死体を見つける。それはかつて自分を助けてくれた弥生の父親のものだった。水中で命を落としたのではなく、ここまで生き延びていたのだ。その死体に生きることへの執念を見い出した東馬は、とっさに、仲間から入洞前にビーコンを手渡されていたことを思い出し、自分の居場所を知らせるためにスイッチを入れる。

北一策 達磨文書
アジア思想史研究の巨魁といわれた老教授・南洋一が病死し、南が遺したチベット語と中国語で書かれた遺書が、孫娘の陽子から南の愛弟子だった明州大学教授・橘玄紀に渡される。「達磨大師の三条文書を秘密のうちに探し出し、解読せよ」。そこで青の宝が見つかるだろうという、それは謎めいたメッセージだった。
達磨大師は、禅宗の開祖として知られているが、実は秘密結社「青幇」の初代であったという。そして南は日本の青幇23代の一人で、橘は24代である。青幇は厳しい掟を持ち決して自分が青幇であることは公言してはならないのだ。橘は師の遺志を継いで密かに解読を進めていたが、陽子が同じ明州大学に通う恋人の藤原秀太郎に達磨文書のことを語ったことからこれが公になり、達磨文書の争奪戦が始まる。
青幇に反目する古の組織(中国の大物・黄耀邦の指令を受けて大使館の葉群傑が暗躍)の動きを察し、青幇である蘇州酒家の陳大善、与党の大物政治・野田、そして橘の3人はこれに罠にかけようとするが、野田は、葉群傑が送り込んだ美貌のニュースキャスター・高柳に殺され、その高柳も何者かに毒殺される。
橘は南の遺したメモを頼りに、陳の店で働く林強雲とともに伊勢原の大山阿夫利神社にある倶利伽羅堂で黒土(墨)堂を探し当てるが、林強雲はそこに先回りしていたのが自分の実の父・葉群傑とわかると、葉と刺し違えて死ぬ。達磨文書の眠る堂に火を放つ林。
同じ頃、秀太郎と大山阿夫利神社に向かっていたヤクザの幹部・吉澤は、葉が送り込んだベトナムのナイフ使いに襲撃されるが、吉澤は死ぬ間際にナイフ使いから陽子を救い出す。深手を負う陽子。
多くの犠牲をはらった争奪戦のあと、橘は自分の携帯に林強雲から達磨文書を写したと思われる写真が送られていたのを見つける。「第一に友を裏切り密告してはならない、第二にカネを誤魔化し搾取してはならない、第三に女性を奪ってはならない」。それは、青幇に入会するのときの誓いの言葉でもあり、テキ屋の掟「タレコムナ、バヒルナ、バシタトルナ。」にも通じるものがあった。
やがて秀太郎は陳たちの申し出を受け、青幇に入ることを決める。南の遺した言葉、青の宝とは秀太郎のことだったのかも知れない。
*秀太郎は5年前にマカオで変死した青幇でアジアの怪人・竹本隼人の実子だった。林強雲も竹本隼人の隠し子と見られていたが、実の父は葉群傑だった。葉群傑はそのことを死の間際に林強雲から知らされる。

北重人 蒼火

旗本の生まれながら道を誤り今は血縁とも断絶している周之介は、知人の商家から頼まれて辻斬りの捜査を引き受ける。下手人は商人だけでなく辻芸の者までを手にかけていた。目撃者が見たという下手人の背後で燃える蒼い火。蒼火は人を斬った者に宿る鬼気なのか。自らも斬殺の経験のある周之介は、男の狂気を己に重ね、自分が囮となるべく商人に扮して飛び込んでいく。
やがて、早川藩の家来がお茶屋遊びの金欲しさに架空の商談を持ち掛け、商人から金を受け取った後、舟の上で、または舟着場に降りた直後に惨殺していたことが明らかになる。手をかけたのは首切り役人・浅右衛門の一門だった松田新兵衛ということを突き止めた周之介だったが、新兵衛は周之介に怪我を負わせて江戸市中に逃げ込んでしまう。周之介だけでなく早川藩も刺客を放つが、追い詰めたと思った今一歩のところで逃げられてしまう。挙句に、周之介は、思いを寄せる市弥(殺されて死んだ親友の妹)を人質に取られ一人呼び出されることに。瀕死の深手を負いながらかつて新兵衛の師だった男の言葉をたよりに新兵衛を破ることができた周之介。戸板に乗せられて医者に向かう途中新之助に殺されていたと思っていた市弥の声を周之介は聞いた。

樹林伸  ビット・トレーダー
矢部恭一が東葉鉄道の脱線事故で小学校に通う息子を失ってからすでに4年がたつ。妻と半分に分けた慰謝料1500万をやけくそ気味に株に投資しそれが大当たりしてからは、表向きは外車のディーラーだが、裏ではデイトレードで1日に数千万から億の金を動かすという二重生活を送っている。デイトレードのために借りたマンションには恋人を住まわせ最新式のポルシェを乗り回している。しかし、日々大金を儲けながらも、心は絶望の淵をさまよっていた。逃げ場をエステに求める妻と、不良に染まっていく中学生の娘・英香。
そんなある日、矢部の秘密(二重生活)を握ったことで矢部に資金を運用させていた藤木に誘われて、秘密クラブ「ナイト・サザビーズ」に連れて行かれた矢野は、そこで後輩の女子社員・三島桜がオークションにかけられているのを見る。彼女を救うために500万で競り落とす矢部。オークションが終わり三島を無事家に帰してほっとしていると、ナカムラと名乗る男が声をかけてきた。一部上場の自分が経営する会社が来週の火曜日に倒産することになるから空売りをして儲けてほしい。その代わり倒産後に儲けの中から5000万を戻してくれ、という提案だった。考えた末、話に乗ることに決めた矢部は、資金をかき集めてその会社、JRAの株を空売りするが、倒産する予定だったJRAは99インベストメントに買収されることが発表されると、株価は暴騰してしまう。たまたま英香が家出をしたという連絡を受けて走り回っていたため、ナカムラ(多加木竜介)からの緊急の電話を受けられなかった矢部は、買い戻すタイミングも逸してしまう。このまま株価が上がり続けると確実に矢部は破産する。
仕方なく、以前、藤木を介して知り合いになった経済誌の記者を名乗る男・御堂不二夫に相談する。99インベストメントの鹿島九十九とは顔見知りだという御堂は、矢部を連れて、マスコミから逃れて軽井沢の秘密の別荘に潜んでいた九十九に会いに行く。九十九はかつて東葉鉄道の株を空売りして得た資金で99インベストメントを立ち上げ、今では日本有数のファンドに成長させていた。電鉄の事故で息子をなくしたという矢部の話に、明らかな動揺を見せる九十九。何者かの指示で九十九がJRAの買収に乗り出したことを直感する御堂。
九十九を強請ってJRAを買収させたのは宅間という元カメラマンで、たまたま東葉鉄道の事故のときに九十九がマンホールの蓋をレールから持ち上げていたところを撮っていたのだ。
宅間を殺害するために宅間の家に忍び込む九十九。しかし宅間があやしいと張り込んでいた御堂と矢部に取り押さえられた九十九は、すべてを白状する。息子の敵が九十九であることを知り、がむしゃらに殴り続ける矢部。御堂の妻も東葉鉄道の株の暴落で息子と無理心中を企て、息子は命が助かったものの植物人間になっていたのだ。
翌日、東葉鉄道の脱線事故が鹿島九十九によるものだというニュースが流れると株価は猛烈に下落しストップ安に。矢部は破産の危機を脱することができた。しかし、こんどは英香が「ナイト・サザビーズ」のオークションにかけられるという連絡を受ける。知らせてきたのは、英香をオークションにかけて金を手に入れようとしたホストの坂本だったが、英香の弟の事故のこと、そして持ち歩いていたバックの中に家族4人の楽しそうな写真ばかりが入っているのを見て、気が変わったのだった。英香を3000万でたすけだす矢部。それは息子の慰謝料と同じ額だった。
転勤願いを出し、地方でもう一度家族をやり直すことを決意する矢部。


清野かほり 石鹸オペラ

利夏は歌舞伎町のソープ「ブルーフィッシュ」のNo2だ。売り上げは抜群なのに百人町の古い木造アパートに住み、ハーフの遊び人慎二がいる。利夏の客には、臓器売買を営み海外に逃亡してしまったヤクザの神谷、リカちゃん人形に入れ込むオタクの沢口など変わり者も多い。そんなある日、リカは病院でHIV陽性の結果を告げられる。自分が何をすべきか考え始めたリカの出した答えは、自分がHIVをうつしてしまった可能性のある、童貞喪失の高校生の秀人を捜しあて、検査を受けてもらうことだった。
ようやく秀人が立ち寄ると言うペットショップで秀人を見つけ出した利夏と慎二は、正直に事情を話して検査を受けさせる。1週間後に出た結果はポジティブ。実は、秀人こそが、子供の頃に大ケガをしたときに受けた伯父からの輸血でHIVに感染していたこと、それを利夏に伝えるかどうか悩んでいたことを告発する。今は、自分と伯父のHIVを治すため一日でも早く医者になるために大検を目指しているのだと言う。今は、自分の再検査の結果を待つ利夏であるが、ポジティブだったとしてもネガティブだったとしても、自分を見捨てずにいてくれるという慎二の気持ちがうれしい。

桐生裕狩 夏の滴
ある田舎の小学校に通う藤山真介は、車椅子生活を送っている徳田芳照、河合みゆ、桃山ヨハネという、本が好きな仲間たちとの楽しい学校生活を共送っていたが、父親が関わった町おこしイベント「伝統工芸博覧会」の失敗がもとで、突然桃山ヨハネは転校していってしまう。
そんな、夏休み直前の真介たちのクラスで突然流行りはじめたのが「植物占い」。八重垣といういじめられっ子の女子生徒が「伝統工芸博覧会」の会場にいた男からもらったという220種類もの分類があるその占いに生徒たちは熱中するが、生徒のひとりが「植物占い」の通りに怪我をしてしまい、そのまま姿を見せなくなってしまう。
夏休みに入り真介は、徳田と河合と3人で、転校してしまった桃山ヨハネに会うために東京へ向かう。途中3人は、真介たちのクラスを取材して「とっきーと3組のなかまたち」という番組を制作したことのある知り合いのレポーター井上と出会う。
3人は東京に着き、桃山の家を訪ねるが、そこにヨハネは生活していなかった。家族のよそよそしさに不審を抱いた3人は、地下室に忍び込み、そこでヨハネの肉かもしれないものが貯蔵されている容器を見つけてしまう。
東京から帰った真介の前に現れる等々力という男。彼は、八重垣に「植物占い」を渡した男であり、後にレポーターの井上の兄だったということがわかる。
やがて明らかになる断頭人の系譜、「ウシゴメコー」の謎。不老不死の薬をつくるために近親相姦までして子供を育てる大人たち。そしてついに親子キャンプの日、「人形に宿った物魂の部分。破壊された空洞に宿った憎しみが復讐をはじめる。」徳田は足が治り、真介は足を失う。復讐を誓う真介。

桐野夏生 顔に降りかかる雨
村野ミロ。38歳、離婚歴有り。新宿二丁目で父・善三の後を継いで探偵事務所を開いている。ミロの親友でノンフィクションライターの宇佐川耀子が失踪した事件で、彼女に1億円を預けていたという成瀬という男がミロを訪ねてくる。ミロが耀子匿っているのではないかと疑いつつも二人は協力して耀子の行方を追う。次第に成瀬に惹かれていくミロ。
二人は、1億円を盗んだのが耀子の弟子・小林かおりと、「暗黒夜会」プロデューサー・藤村であることを突き止め金を取り戻すが、事件の鍵を握る藤村は追跡の途中海に落ちて死んでしまう。
「暗黒夜会」の主催者・川添の死体の近くにあった写真から、耀子はすでに死んでいることがわかり、事件はすべて藤村の企てと落着したと思われた。しかし真相は、耀子が、ネオナチ幹部殺しの犯人・山崎と成瀬の関係をつかんでしまったことから、山崎と成瀬が共謀して耀子を自宅の浴槽